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「私は、家のことは全て静香に、母さんに任せきりだったから今さら何かを言うつもりはないし、言う資格もないだろう」
父親の言葉を真冬はどこか冷めた気持ちで聞いていた。
母子家庭かと思うほど、父親との思い出は少ない。一緒にご飯を食べたのも数えるほどなのだ。
「ただ、これだけは聞きたい。……真冬は幸せなのか?」
その質問は真冬にとって意外なものであった。
真冬から見る父親は、自ら言っていたように仕事人間で家のことは全て母親がやっていた。だから家のことや子供である自分たちのことなどには一切興味がないのだと思っていたのだ。
子どものころからだったので真冬にとってはそれが普通だったし、それを寂しいと思ったこともなかった。
だけども今、父親である目の前の男は自分が幸せかと問うているのだ。
自分が幸せかどうかを気にするような人だったのか、と純粋に驚いてた。
「幸せです。彼は年は下でも私よりしっかりしているし、夢を見つけてそれに向かって努力することも、それを実現できる実力もあります。私はそんな彼を尊敬しているし、これから先も傍で応援したいと思っています。そんな人と巡り会えたことは奇跡だし、この上なく幸せなことだと思っています」
「……そうか」
噛み締めるようにそう呟いたあと、安心したような笑みをその口元に乗せた。それにも真冬は驚いた。
子どものころから見てきた父親は常に不機嫌そうで、近寄りがたく怖いとさえ思っていたから。
父親はこれほど柔らかい表情をする人だっただろうか。
そう真冬は思うのも自然なことだった。
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