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「仕事ばかりで大事なものが見えていなかった私には、真冬がこの家でどんな思いをしていたのかもわからない。だが、この家になかなか帰ってこなかったのはそういう事なんだろうと思う。それは、私にも責任がある。すまなかった、真冬」
「いえ……、そんなこと……は…」
真冬は混乱して、言葉が出てこない。今更謝られても、あの時の思いが無くなるわけでもない。
ただ、ここにきて初めて今までの真冬の抱いていた両親像というものが崩れつつあった。もっと畏怖の念を抱いていた。
家庭を顧みず、常にその目に何の表情もうかがえなかった父親。
褒められることもなく常に冷たく自分を見て、課題を与え続ける母親。
そんな二人の顔色を窺うばかりだった自分。
だから、この家に帰りたいと思わなかった。
あの頃の思いがどうしても蘇るから。
だけども、今日この日は今までと違っていた。
それはこうして隣に心強い人物がいるからかもしれない。
真冬は未だ自分の手を握る颯人は見る。それに気づいた颯人は優し気に目を細めて大丈夫だというように頷く。
朧気ながらも思い出した幼いころの記憶。
厳しくもあったが、そこには確かに笑顔もあったのだ。
「確かに私は、今まで家を避けてきました。辛いと思うことが多かったから。楽しかったことなんてないと………。でも、少し思い出したんです。楽しかったことも確かにあったと……。ただ、まだ気持ちに整理がついていない状態で…」
真冬は姿勢を正し、すっと父親に目線を合わせる。
そしてゆっくりと手を畳につけて頭を下げた。
「だけど、産んで育ててくれたことは感謝しています」
真冬のその言葉に嘘偽りはない。
今こうして幸せだと感じるのも産んで育ててもらったから。
それについては感謝しているのだ。
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