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十四年前のことである。
職場で知り合った悟と頼子は、付き合い始めて一年あまりがたっていた。お互いに結婚は多少、意識することはあってもそれはまだまだ先のことだと思っていた。ところが予想外の出来事が起こった。頼子が妊娠してしまったのである。
悟は二十四歳、頼子は二十一歳。子どもを下ろすという選択肢もないわけではなかったが、二人は結婚して子どもを産み育てる道を選んだ。
取り急ぎ籍だけいれて一緒に暮らすことにしたのだが、その前に互いの両親に、事情と自分たちの思いをちゃんと説明し、理解してもらわなければならない。
悟の両親は、まあ、いきなりのことで驚きはしたものの、頼子のことは以前から知っていたし、二人がそう決めたのなら、反対する理由がないとむしろ喜ばれた。
問題は頼子の両親、母はともかく、厄介なのは父である。
ついこないだ成人式をすませたばかりの娘。しかも男二人の下の、末っ子の女の子である頼子のことを、父はこの上なく可愛がった。
そこまでなら、普通によくある話なのだが、頼子の父は、簡単に言えば、ものすごく怖かった。別に家庭内暴力を振るうようなクズではない。
頼子の父は警察官で、いわゆる“マルボウ”と呼ばれる部署の最前線で、日夜人々の平和な暮らしを守るため戦ってきた、正義の怖い人なのだ。空手、柔道、剣道など様々な武道を極め、体格は筋肉質。おまけに顔はその筋の方々もおののく顔面凶器。
そんな父だから、頼子は交際相手がいることを母にだけ伝えていた。ゆえに、何も知らない父にとって、娘は汚れを知らぬ無垢なヨリちゃんのままなのだ。
その事実を悟が知ったのは、頼子の自宅へ向かうため、最寄り駅から歩き始めてすぐのことだった。ちなみに駅から自宅は徒歩十分である。
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