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「ちょ、ちょっと待って、それってやばいんじゃないの、俺、まさか殴られたりしないよな」
話を聞き終えた悟は顔を青ざめ、驚愕した。しかし頼子は肩にかかるさらさらの髪を耳にかけながら、並びのいい白い歯をみせて笑い飛ばした。
「大丈夫よお、一応、警察官なんだから、民間人に私的な感情で暴力振るったりしないって。悪い人には怖いけど、うちではすっごく優しいパパなの。ちゃんと話せばわかってくれるって」
それなら、なんで、俺のことをさっさと話しておいてくれなかったんだと、悟は心の中でつぶやき、頼子に疑いの目を向けた。それに気付いているのかいないのか、頼子は「この角曲がったら、すぐうちよ」と笑顔を向ける。
悟は抗議しようとしたが、まだ目立ってきてはいないお腹にそっと手を添えながら歩く、スニーカーを履いた彼女の足もとを見て、言葉を飲み込んだ。
そうこうする間に、自宅に到着した。玄関扉に手をかけようとした頼子を悟は「ちょっと待って」と引き留めた。
まずは心の準備をしようと、大きく呼吸をしたまさにそのとき、おもむろに玄関扉が内側から開いた。悟は息を吸ったまま、吐き出すことができずにゲホゲホとむせた。
「早かったわね」
扉の隙間から顔をのぞかせたのは頼子の母だった。彼女は涙目でむせかえる悟に目を向けると、頼子とよく似た二重の目尻を下げた。
「あなたが悟くんね、やだ、写真より男前じゃない。あら、大丈夫。緊張してるのね、心配しなくていいのよ、どうぞ、入って」
五十をすぎている頼子の母は、年齢よりも十歳は若く見える。ぽっちゃりとした丸顔で朗らかに語りかけてくれることに悟は少しホッとした。きっとこの人が、怖い父に先に話を通してくれているに違いないと、ほのかに期待する。
気を取り直して「失礼します」と悟は玄関に足を踏み入れた。
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