夢交差に輝き満ちて

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「俺は、吟遊詩人になる――!!」  学校の教室で、また彼は突拍子もない事言う。 「いいだろ、世界中を飛び回って旅してさ! 愛を~唄うんだよ~~♪」  放課後、教室の机に座って笑う男の子。  喜瀬川(きせかわ)君。  彼は私の好きな人。  でも関係は、お友達。 「愛? よ、よくそんな恥ずかしい事言えるねぇ?」  あぁ、また私は変なこと言っちゃう。  でも、恋だって恥ずかしいのに、愛だなんて。  そんな事フツー言える?  この青春真っ盛りの私達のなかで、愛なんて口に出すのは彼だけだ。 「愛がこの世で1番大事だろ~? わかる? アンダスタ~ン?」 「知らないよ! バカ」  愛だのなんだの叫ぶ男が、どうして目の前にいる女子の恋心に何故気付かないのか。  なんにも理解できないよっ。  友達同士という関係で、今日も喜瀬川君が歌う変なラブソングを聴く。 「あ~歌ったぜ! 今日も、夢につながる第一歩踏み出せたよなぁ!」 「ポジティブだねぇ……」  呆れながらも笑い合うのが、私達の友達関係なんだけどさ。 「歌めっちゃウケる~! 喜瀬川~なんの話してるのぉ~~? ねぇ~この後、遊びに行こうよ。これから受験に必死にならないとだし、今のうちにさ☆」  急に話に入ってきたクラスで1番可愛い子。  細くて白くて、目がぱっちりでオシャレ。  彼女が来たら空気の匂いが変わった気がする。  いや、実際にいい匂い。 「受験なぁ~お前はどんな夢目指してんの?」 「あたしは、とりあえず大学かな?」 「それって夢なん?」 「え~夢とか~別に無くない~? ウケる~。でも喜瀬川のそ~ゆとこ、いいよね~」 「あはは! 夢とか無いのがウケるのかよ」  喜瀬川君と可愛い子。  ワイワイ2人で盛り上がるのを見ていると、私の心はモヤモヤしてくる。 「じゃあさ、未来(みらい)の夢は?」 「えっ??」  未来(みらい)、それは私の名前。  喜瀬川君は、いつもあっけらかんと呼び捨てしてくる。  未来って名前は、私には輝きすぎてて重いのに。  夢……私の夢は……。 「未来ちゃんってさ~この前、お母さんになりたいとか言ってなかったぁ?」 「!!」 「へぇ?」  どこで聞かれてた!?  親友と、そんな話を少ししただけなのに。  違うのに。スマホ見ながら動画の赤ちゃん可愛いねって……。  そんな話の流れなだけだったのに……!  顔が急に熱くなる。  あぁ可愛い女の子、馬鹿を見るような目で見てくる。 「誤解だよ!! 今どき、そんな夢ないでしょ~~~!」 「あはは、だよね~~昭和って感じ~~それか幼稚園児……」    うっ……そこまで言うことある?  私はちょっと泣きそうになった。  喜瀬川君も……そう思うよね……。  「素敵だな! 未来、サイコーの夢じゃん!」 「えっ……」  ばっ馬鹿!!  なんでそんな笑顔なの!? 「お前そんなサイッコーな夢もってたんだな!」  やめてよぉ!  その笑顔……心臓が破ける。 「や……あの……バカ」 「なんでだよ!? すげーじゃん! 俺には無理だし!」 「ふーん。なんかしらける~……」  可愛い女の子が遊びに誘ってくれてたのに、私のそんな夢の話に1人で盛り上がり始めて……その子は呆れてどこかに行ってしまった。  結局彼は……私と夕暮れの帰り道を歩いている。  下校途中の大きな河川敷。  綺麗なサイクリングロードになっていて、ジョギングをする人や、大きな犬も嬉しそうに走ってる。  大きな夕陽……。  私も彼も、オレンジ色に染まってく……。  彼はおもむろに、河川敷の坂の芝生に座った。  突然!?   と思いながら私も座る。  ちょっとドキッとしてしまう。 「いい夢だなぁ……未来の夢は」  また言い出した……。  何度も違うって言ったのに。  結局、彼の中では、『お母さん』が私の夢認定されてしまった。  まぁ本当は……本当なのだけどね。  好きな人と結婚して、お母さんになりたいよ。  ずっとそう思ってる。   子供の頃からの夢だけど……。  だけど夢が、実現させたい本当の夢だと思うほどに……私の胸はキリキリ痛む。  オレンジ色の夕陽が、綺麗すぎて胸が痛くなる。  切ないオレンジ色が、一層心を痛ませる。  私の恋心と同化するような、オレンジ色。  こんな、こんな瞬間はもうないかもしれない。  彼とこんな二人きりの時は……。  これから受験生で、忙しくなって……。  こんな時間は、もうきっとない。  彼の隣で、彼が好きだとこんなにも感じて  想いを告げられる時は――。  ……でも……。 「……でも私の夢は叶わないもん」 「なんで?」 「……どこかのバカが……」 「ん?」 「どっかのバカの夢が……世界中を自由に旅する吟遊詩人だからだよ……」  あぁ……全てが揃ったこの素敵なシチュエーションをぶち壊してしまう私……。  世界を旅する吟遊詩人のお嫁さんには到底なれないね。  好きな人のこと、バカとか言っちゃうバカな私。 「……未来……」 「聞かなかった事にして。……バカな女の恋……歌の肥やしにでもしてよ……」  恥ずかしい。  わかるよね?  遠回りの遠回りな告白……。  可愛くない、可愛くない告白……。  顔が熱すぎて、熱すぎる。  でも絶対最悪嫌われる告白だよ……。  でも……だって……。  こんな風にしか言えないのも私だもん……。 「未来……」  呼ばれて見た、喜瀬川君の顔も真っ赤だ。  夕陽かな、私も彼も。    そうだよね。  夕陽だよね。  泣きそう。  ううん、泣いちゃうよ。  これで私の恋、終わり――。 「うおおおおおおおおおおーーーー!!」 「!?」  喜瀬川君は叫びだして、すっくと立ち上がると、また叫んだ。 「未来ーーーー!! 俺は、未来が好きだーーーー!! 俺と結婚してくれーーーー!!」 「!?」  河原の全員、犬まで彼を見た。 「な、な、バ……!」  情報処理ができない……!  なんて言った!? なんて言った!? なんて……結婚!?  私も慌てて立ち上がる。 「スタンディングオベーション! サンキュー! オッケーってことだよな?」 「は、拍手なんか……して、してない……」  犬の飼い主さんが、拍手してくれてる。  おっきな犬も嬉しそうにワンワン鳴いて……。  赤ちゃんと幼稚園児を連れたお母さんも、笑って拍手して……。  恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。  でも……これは……。  夢じゃない?  でも、でも……だって……。 「だって……だって……そしたら、あなたの夢は……叶わなくなっちゃうよ?」  頭がパニックの私の手を握り、彼は微笑んだ。  温かい手だった。 「大丈夫。夢は、どんな形になったって輝く……!!」  綺麗な夕陽。  私の顔も真っ赤だと思うけど、彼の顔もやっぱり真っ赤。  二人の頬を撫でた、優しい風の感触。  私と彼の夢が交差して……キラキラと輝きに満ち始めた世界。    それは今でも覚えている――。  ◇◇◇ 「おかあしゃん~!」  心地よい風が入る、リビング。  お昼寝から目覚めた、小さくて愛しい存在を抱き締めた。 「おとーしゃんは?」 「お父さんはね~今、世界中を旅しているところ」  そう言って、二人で彼の部屋を覗いてみる。  世界中の人に愛の唄を届けたい、と彼は動画配信サービスで夢を叶えた。    元気に英語で、今日も配信中。  最初は英語も下手くそ過ぎて、誰にも通じなかったから地獄の特訓。  今では笑える思い出だ。 「ソーレッツーシングア~~~ラブソ~~~~~ング♪」  笑っちゃうけど大好きな彼の愛のうた。  叶えた、とまでは言えないのかもしれない。  まだまだこれから。  彼の夢は無限大で、もっともっと広がっていく。  これから彼は旅に出ることもあるかもしれない。  その時は私も応援したいと思う。  家族で世界を旅するのも悪くないかもね。  愛はこれから、どんな形になっても輝くと私は信じている。  私の夢もまだこれから。愛する人達との幸せをもっと追い求めたい。  夢も愛も交差しても、混ぜ合いもっと輝くことができるって  大好きな彼が私に教えてくれた――。  これからも夢交差は煌めいて、輝き満ちていくの。  ずっと、彼と私の愛の輝きと一緒に。  fin  
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