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――耳たぶを親指と人差し指でそっとつまんで、ちょっとだけもんであげるの。そうすると指先の熱が移って、ほんのりピンクに色づくのよ。顔色もぱっと明るく見えるから、相乗効果ってやつね。耳ってね、色んな神経が集まってるでしょ? 緊張も解せるし可愛く見えていいことずくめだから、壇上に上がる少し前にやってみなさい。それから――……
体育館のスペースいっぱいに全校生徒がずらりと整列している。どことなくざわついている中、時計の長針が真上を指すとボンボンと少しくぐもった音が聞こえた。マイクの音はしっかり響いている。
「えー、時間になりましたのでそろそろ始めたいと思います。先生方、生徒の皆さん、ご準備よろしいでしょうか」
ちらりと周りを見渡し、しんとなったのを確認すると山乃さんが言葉を続ける。
「では、今年度の新歓式を始めます。本日進行を務めさせていただきます山乃実鈴です。では早速ですが、新入生歓迎の挨拶に移ります。3年2組 冨田朱袮さん、お願いします」
「はい」
返事をして、控えていた脇から壇上へと上がる。山乃さんの前を過ぎようとした時、軽く背中をタッチされた。背中越しに伝わるメッセージを受け取ると、軽く頷く。
足は軽く開いて、背すじは真っ直ぐ。胸はぐっと前に出して、顎を軽く引き、前を見る。声は水を張ったボウルにポーンと放物線を描いて、水面に着地するイメージで。口角を上げて、笑顔で。
見渡した先に早穂の口パクの「頑張れ」が見えた。視界は良好。うん、大丈夫。一礼すると、すっと息を吸い込んだ。
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