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ハルイロ・スプリンクル
「なぁ花澄、これ……絶対秘密にしとけよ」
窓から射し込む柔らかな光に、洸かな春の気配を感じた高校2年3月上旬の放課後。
二人きりの教室でヒロこと洸春は、すぐ前の席にこちらを向いて座り、借りる約束をしていたミステリー小説3冊をドサッと机に置きつつそう言う。
「えっ、どうして?」
ミステリー小説を借りることを、なぜ秘密にしなければならないのだろう。
するとヒロはじっとこちらを見つめてから口を開いた。
「それは……」
妙な長い間が不思議で思わず問う。
「それは?」
「ほら、あれだ。面白過ぎるからあまり周りに知られたくないんだよ。そういうのあるだろ。自分だけが知ってたい面白さ、みたいなの。だから誰にも言うなよ」
うーん……でもこの小説、去年のミステリー小説大賞で準大賞に選ばれたお話だから、すでにかなり有名だと思うんだけどな。
変なの、と首を傾げていると、ヒロがぼんやりとこちらを見つめている。
何なの?
様子を探るようにこちらからもじっと見つめ返していると――
「俺……やっぱ好きだな」
えっ!? 好きって……まさか私のこと?
ふわふわ浮き立つような気持ちで胸を高鳴らせていると、ヒロはパッと目を逸らして人差し指でトントンと花澄が書いている学級日誌を示した。
「花澄の書く字」
「あっそ」
花澄の恋心のゲージはヒューンと急降下した。
なんだ、字のことか。ちょっと期待した自分が恥ずかし――
いやいや、ヒロの言い方がおかしいでしょ。
ヒロは向かいの家に住む同い年の幼馴染で、気が付けばいつも一緒にいるような存在だ。
子どもの頃、花澄よりも背が低くてひょろひょろだったヒロは、肩幅が広くなり背もぐんぐん伸びて、今では30cm近くヒロのほうが背が高い。
普段はフラッと花澄の部屋を訪れて自由に寛ぐボーッとしたただのイケメンだが、一度バスケットボールを手にすれば、キリッとしたイケメンに早変わり。目鼻立ちの整った顔でかっこよくプレーすれば、女子たちからキャーキャー言われるのも当然と言えよう。
バスケ部のマネージャーを務める花澄は、プレーするヒロを密かにうっとりと見つめる毎日だ。
そんなヒロは先週行われた卒業式の日の放課後、先輩達からの告白ラッシュだった。
でも全部断ったようだ。
「女には飽きた。花澄といるほうが楽」
この男、17歳にして悟りを開いたらしい。そして私は女と思われてないわけね。
こうして単なる幼馴染のまま、変わらない毎日を甘んじて受け入れるほかないのが現実だ。
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