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私たちは幸せだ
「くつ、はかなぁい!」
駄々をこねる聡一をなだめるのは、毎朝恒例の行事だった。3歳になる息子の聡一は、今日も靴をリビングに向かって放り投げる。
「こら聡ちゃん、ママ困っちゃうでしょ」
リビングから出てきた正樹は、放り投げられた聡一の靴を片手に持っている。そのまま、走ってきた聡一をヒョイと抱きかかえた。今整えたばかりの髪の毛を、聡一が強く握りしめる。
「聡ちゃん、パパ痛いよ! やめて!」
「いいよ、ひかり。今のうちに行っちゃおう。俺、車まで連れてくね」
「ありがとう。戸締りしてく」
子育てがこんなにあわただしいものだとは思わなかった。
いつか終わる日が来る、大変なのは今だけ、寝顔を見れば忘れるでしょう。
そんなの知っている。そんな一般論じゃ片付けられないくらい、日々忙しなさに心が乱されていく。ため息もつきすぎて、もうでない。
それでも幸せだった。どんなに大変でも、私たちは幸せだった。
「パパとママとお出かけ?」
「んー、どうかな?」
いつの間にか正樹の髪の毛から、聡一の手が外れていた。
変な癖のついてしまった正樹の髪形は、後ろから見るとヘンテコだ。それでも二人は笑っている。
家の鍵を閉めて、二人の後を慌てて追う。
子育ては大変だ。愚痴も多い。泣きたくなる日もある。
でも我が家は恵まれているほうだと思う。
だって、夫と二人三脚で頑張れているから。
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