01:初恋は、そっと彼の髪をかき分けた瞬間に。

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 笑いを堪えることができずに吹き出した杏奈とは正反対に、自分で言ってまたショックを露わにする梨香子。  「剛鉄のパンツって言わずに純情と言ってもらいたね」と言って口を尖らせた梨香子は、何もこれまで故意に恋人を作らなかったわけではなかった。  芸能という世界に身を置いているからでもなく、事務所からきつく恋愛禁止だと言われているからでもない。  ただ、『谷許リカ』ではなく『谷許梨香子』として恋をしたい。人前に出るための着飾った自分ではなく、素の自分を好きになってもらいたいのだと、梨香子はずっとそんな思いを抱いていた。  数々の恋愛漫画や恋愛小説を読み耽ってきた彼女の思考が、多少乙女チックに偏っているとはいえ、それでも恋の理想像は何年も前から変わってはいない。  「杏奈はいいよね。なんだかんだ言って三年続いてる彼氏がいるんだから」  「急に捻くれはじめたよ、この女優」  「結婚式には呼んでよね、友人代表でスピーチするから。子どもができたら会わせてよね。なんでも買ってあげるイケイケおばさんになるから、私」  「気が早すぎるってば」  梨香子は彼女の頬を人差し指でツンツンと突きながら、「彼氏がいて幸せか!このやろっ!このっ!」とちょっかいをかけはじめる。  杏奈はいつもそんな子供っぽい梨香子の挑発を、最初こそ無視するのだけれど、大抵三分もすれば我慢の限界がきて仕返しをするため、第三者から見ればどちらも幼稚なことをしているなと思われるのが毎度のオチだった。  この女優は一体、これからどんな男を愛するのだろう。  心の中で、杏奈はいつもそんな疑問を持っていた。  こんなふうに子どもっぽいところはあるけれど、とにかく裏表のない根が素直な女優だ。    見た目の美しさだけではきっと、ここまでの名声を得ることはできなかったはず。  同じ女でさえ、梨香子と付き合える男は幸せ者だと本気で思うくらいに、彼女の人間性を好いている杏奈は常々心配していた。  このときまで、は――。
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