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あまく匂う午後
私はあなたの手が好きだ。
あなたの手、私よりも白くまっすぐで細く。
薄い皮膚に浮き出た血管の青さにはっとする。
息が止まる。
「じっとしてて」
うん、と私は頷いた。ゆっくりと目を閉じ、待っている。
「動かないで」
あなたの手が私の髪を掬う。温かな体温の気配が額をかすめ、頬の肌の上を振れるか触れないかの距離で撫でていく。
「…まだ?」
じっとしていることが出来なくて私は言った。
まだ、とあなたは返す。
しなやかな指の動くさまが目を閉じていてもわかる。
「もう少し」
静まり切った部屋の中、鋏が髪を切る音だけが耳に聞こえる。
落ちた髪がさらさらと私の鼻をくすぐっていく。
私の前髪を切る、あなたの手首の内側の匂い。
温かい生きている証。
みずみずしい果実の香り。
あなたの匂い。
あなたの部屋で、私たちしかいない。
「目を開けて」
もういいよ、と指先が私の瞼に触れ、髪を払う。
私はまだ目を開けない。
あなたが笑っても。
まだ。
まだ、もう少し。
やがて白い指が私の顎をなぞる。
私は無言のまま、ゆっくりと近づいてくるあなたの気配を待っている。
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