第1章 副社長と契約恋愛(1)

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第1章 副社長と契約恋愛(1)

 産婦人科の待合室で「月野唯さん」と呼ぶ声があった。  唯はパッと顔を上げて、読んでいた文庫本を鞄の中にしまう。 (薬だけもらえればいいのに)  重い足取りで診察室に入り、椅子に座る。担当する女医は唯よりも表情が硬かった。 「また刺されましたね」 「はぁ、やっぱり」 「このままだと、薬の効果も期待できなくなりますよ」 「そうなんですか」  唯は淡白な返事をしているが、内心では焦っていた。何なら頭を抱えて、耳も塞ぎたい。 「一度薬を飲み忘れただけで、寝込むことになるかもしれません」 「忘れないように気をつけます」 「そうじゃなくて」 「はい」 「まだ……その、経験がないの?」 「仕事が忙しいんです」 「恋人ができたのは一年前よね。別れた?」  医師として失礼なことを聞いているが、必要なことだった。頑張って言葉を濁している。 「別れてないです。結婚も視野に入れてます」 「なのに、まだ?」 「はい。会う時は疲れているのもあってか、自然とそういう雰囲気にならないですね」 「い……っ」
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