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千歳はややうわずった声で引き止めると、振り向いてはくれない唯に触れようか迷う素振りを見せた。
「脱がないで待っていてくれますか」
「う……」
どうして考えた末の言葉がこれなのだろうか。
唯は胸を押さえて呻く。けれど振り向くことはできなかった。近くで見られることが恥ずかしくてたまらない。下ろしている黒髪の隙間から覗くうなじは真っ赤になっていた。
「今触れたら……離れられなくなりそうなので」
千歳は唯の背を見て目を細める。そして、肩紐のリボンを掴み顔を寄せた。
「千歳さん……?」
振り返っていないので、千歳が何をしたのかは見えない。けれど、柔らかな髪が唯の肩に触れている。それだけで、何となく分かってしまう。
「俺もお風呂、入ってきます」
「は、い」
あれは、何だったのだろう。
千歳に後から「可愛い」と言われても、唯は「そんなことないです」と否定しただろう。そんな会話などできないように、彼は行動で示した。
(ずるい……)
唯は千歳の行動に一喜一憂してしまっている。嫌ではないけれど、こんな調子で自分は大丈夫だろうかと不安にはなった。
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