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運転手はバックミラーでちらりと千歳を見ると、そのまま発車した。
あれ、おかしいなと気づいたのは唯が見慣れた場所にタクシーが移動してからだった。そこは確かに彼女の知る場所だが、千歳のマンションから近くはない。むしろ遠ざかっている。
「千歳さん?」
「もちろん、帰る前に行きますよね」
彼は分かっていますと頷いた。
「病院」
「あ……」
唯は決して、病院に行くことを忘れていたわけではない。行かないといけないことは分かっていたが、一日だけ発熱したのだ。そんなに緊急で検査を受けなければならないほどのこととは思っていなかった。もうすこし様子を見てからでもいいかと、ちょっとだけ避けていたのは事実だが。
タクシーが病院の前で停まり、二人は車から出る。
諦めた唯は病院に行こうと動くが、千歳が隣を歩く姿に躊躇した。
「……千歳さんも、入るんですか」
「だめでしたか」
「ここ、産婦人科医院なので……すごく、目立つと思うんですけど」
病院の中はほとんど女性しかいない。妊婦であれば、男性も隣にいるのだが。
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