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まだ寝るわけにはいかなかった。学校に連絡しなければならない。後はご飯を食べて、苦すぎる粉末の薬を飲まなければ。
悲しくもない。寂しくもない。悔しくもない。そんなことを感じる余分な心は彼になく、淡々とやらなければならないことを考える。
それができたのは、今まで一度も優しく看病された経験がなかったからだ。知らなければ、この記憶は日常のまま。そういうこともあったと思うだけ……。
千歳が僅かに目を開くと、そこは子どもの頃にいたアパートではなかった。昔、風邪を引いた時の夢を見ていたのだと気づく。そのままぼんやりとしていると、トコトコと小さな足音が聞こえた。千歳は一人暮らしだ。あるはずのない、人の気配に不思議と心が和らいでいく。それは千歳を害するものではなく、眠っているであろう人を起こさないように気遣う音だった。
(誰だろう)
心地よい音が、千歳に近づいてくる。反射的に千歳は目を閉じた。風邪を引いているので、できれば誰なのか分かってから相手をしたい。うまく頭が回らないのだ。
小さな指が千歳に触れる。目にかかった前髪を横にかわし、遠慮がちな手つきで熱を確認した。
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