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何か気を紛らわせるものがないかと、周囲を見回してみる。窓側は特にない。そもそも教室にそんな気の利いたモノがあるわけないと思いながら、廊下側へ目をやると、ひとりの女子と目があった。
彼女は一瞬目を丸くすると、素早く前を向いた。
彼女の席は、廊下側の1番端の列の、前から2番目。少し離れてるけど、僕の席の斜め前。
彼女は机から教科書を取り出そうとして、落としてしまった。慌てて拾うも、半端に出ていた他の教科書がまた落ちる。
ちょっとどんくさい彼女を、不覚にも可愛いと思ってしまった。もしかしたら……。
「はやまるな」
誰にも聞こえない、小さな声でつぶやき、そっと深呼吸をする。
一瞬目が合って。どんくささが可愛いと思ってしまったくらいで、好きと思うのはおこがましい。
そもそも彼女の名前すら知らないのだ。
今は気になる程度。名前を知って、少しずつ内面を知って、好きになるのはそれからだ。
彼女の名前を知るのに、時間はかからなかった。先生は彼女を名字で呼び、友人は彼女を下の名前で呼ぶからだ。
彼女の名前は「ハヤミユカリ」。漢字にすると、「速水縁」。
我ながら気持ち悪いと思ったが、名前を知った日の放課後、靴箱で確認させてもらった。
ついでに、靴のサイズも。23.5センチと、なんとも可愛らしいサイズだった。
それから、速水さんを知ろうと必死に、かつ、こそこそと動いた。
速水さんは休み時間になると、いつも本を読んでいる。アラベスク調の小洒落たブックカバーのせいで、何を読んでいるのかは分からない。
恋愛小説だろうか? それとも、純文学? 案外ホラーかもしれない。
いや、本は本でも、小説ではなく、漫画かもしれない。
彼女が読んでいる本のことを考えるだけで、こんなに楽しい。
速水さんの肩まで伸びた髪は、光に当たると茶色に見える。それがなんとも美しい。体育の授業では、その髪をポニーテールにする。
揺れる髪は、永遠に眺めていられそうだ。
速水さんは、バイトをしていないらしい。これは友人達との会話を盗み聞きして知った。ついでに、歌が苦手らしい。
友人に、「バイトも部活もないし、空いてるでしょ? カラオケ行こ」と誘われ、気まずそうに、「歌は苦手なの……」と返している速水さん。困り顔も可愛い。もっと困ったところが見たくなる。
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