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車は太い道路まで出ると、町中方面へとひたすら走る。いつもはバスで眺めている光景だ。
「立川さんは、東京から来たんだっけ。どう? 慣れた? せせらぎ市は」
「だいぶ慣れました。車がないので、不便ではありますけど」
「車校は? 行く予定ないの?」
「まずは生活が落ち着いてからと思って。でも、車校は町中にしかないから、行くにもけっこう大変ですよね」
「まぁなぁ。もう少し町の近くなら、車校のバスもあるだろうけど、さすがにあの辺りまでは来ないよな」
間宮はハハハと笑っている。その様子からして、完全に他人事といった雰囲気だ。
「間宮さんは、せせらぎ市出身なんですか?」
「まぁそうだね。一時は別のところに住んでたこともあるけど。結局戻ってきちゃったな」
間宮の返答に、麻央は首を傾げる。
間宮は単身赴任だと考えていたが、『戻ってきた』という言い方は、転勤とは異なるように聞こえる。
もしかしたら、単身赴任は奥さんのほうなのかもしれない。だか、彼女のもとには子どももいるのだ。それは単身赴任とは言わないだろう。
(……っていうか、なんで私がこの人の家族事情にこんな頭を悩ましてんのよ。私はこの人が既婚者だってことも知らない体なのに)
麻央は考察を諦め、窓の外に目を移した。徐々に町へ近づいていることがわかる。
「今日ってどこに行くんです? 何するかも聞かされてないんですけど」
「ん? 町中にあるひまわりっていう児童養護施設」
「児童養護施設?」
思いもよらない行き先に麻央は目を丸くする。なかなか普通だと行く機会の少ない場所だ。
「それって、仕事ですか?」
「いや、仕事は別。仕事のない週末に行ってるんだよ。パン持って」
「じゃあ、ボランティアってことですね」
「まぁ、そんなとこかな」
なんだ。けっこう真面目な人なのかな。
少し拍子抜けしていた自分に気がつき、麻央は眉をひそめる。
(いや、既婚者のくせして女子連れ回してることには変わらないんだから。気を緩めるなよ、自分)
麻央は胸に刻むようにそう念押ししておく。
「ほら、そこの建物だよ」
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