2 ご褒美のあんぱん

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声をかけてきたのは、初老の女性だった。メガネをかけ、白髪混じりの髪をくるりとお団子にしてまとめている。 間宮は彼女に気がつくと、立ち上がって笑顔を向けた。 「院長先生! お邪魔してるよ」 「いつも来てくれてありがとう。あの子たち、今朝も楽しみにしてたのよ。透馬くんが来てくれるのを。パン食べるからって、朝ごはんお代わりするのやめた子もいたわ」 「ははは。俺も、そう言ってもらえると作り甲斐があるよ」 院長のメガネの下の瞳は穏やかに優しく間宮を眺めていた。 彼女は間宮が座っていた席の、向かいの椅子に腰掛ける。 「あら? 今日はあの子が子どもたちの相手をしてくれてるのね」 「そうなんだ。最近、俺の家の隣に越してきたんだ。今までは東京に住んでたらしいけど」 「そう。透馬くんが女の子と一緒に来るなんて珍しいけど、……まさか、私に紹介しにきたとか?」 院長はふふふ、と微笑みつつ間宮をうかがう。 間宮は目を見開きつつ、笑って返した。 「まさか! 冗談やめてよ。彼女とはまだ会ったばかりだし、話したことも数回しかないんだから」 「そうなの? 残念ねぇ。でも、そんな面識の少ない子をここに連れてきたのね?」 院長の鋭い視線に、間宮は言葉を詰まらせる。 昔からこの人は細かいところを突いてくるんだよなぁと思い出された。 「別に、深い理由なんかないよ。ただちょっといろいろあって……。ほら、あの子たちも、たまには違う奴と遊べるとうれしいかなと思って」 「それはそうね。ホント楽しそうだわ、みんな」 グラウンドでは、麻央と子どもたちがかくれんぼをしている。子どもに手を繋がれ、秘密の隠れ場に連れて行かれる麻央は、すでにみんなの心を掴んでいるようだ。 「透馬くん、まだパン残ってるかしら? 私も欲しいんだけど」 「もちろん。もうそんなに種類は残ってないけど、食べてよ」 間宮は立ち上がり、コンテナをそばに持ってきた。院長はその中から、けしの実のついたパンを取る。 「これ、もらうわ。あんぱんよね?」 「そう。それ、母さんが煮たあんこ使ってるんだ。俺のイチオシ」 「あら、そうなの。間宮さん、お上手だものねぇ」 院長は袋を開け、あんぱんを頬張る。 そして柔らかい微笑みを浮かべた。 「おいしいわ。腕を上げたわね」 「まぁね〜。とはいえ片手間にやってるから、いっつも変わり映えしないけど」 「ありがとうね。いつもこうやって作って、子どもたちを気遣ってくれて」 院長の労いに、間宮は苦笑しつつ首を振る。 「院長先生がしてくれてることと比べたら、たいしたことできてないよ……」 「比べることじゃないわよ。気を遣わず、手ぶらで、いつでも来ていいんだからね」 「……うん。ありがとう」 院長はまたひと口あんぱんを食むと、「幸せだわ」とつぶやいた。 * 鬼ごっこにかくれんぼ、ドッジボール……、全部付き合って解放された頃には、麻央はへとへとに疲れ切っていた。 グラウンドに設置されたベンチで倒れていると、そこに間宮がやってきて顔を覗き込む。
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