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「ぼく」のみたこと
アノ時、ぼくは国民学校に通っていました。年の数は両手で足り、まだ赤紙はいただいてはおりませんでした。
父も、上の兄も、下の兄も、既に赤紙によって遠い戦地へと旅立って行かれました。皆、お国のために誇らしい姿で旅立って行かれました。
残されたぼくは母と二人の妹とともに疎開しました。家族揃って住んでいた町は、とうに焼け野原となっているらしいというラヂオを先日ききました。帰る家はございません。
疎開したところは母方の実家でした。ぼくは妹たちの世話をしながら学業に勤しみました。そして、近所の子どもたちと兵隊さんごっこをしながら来るべき赤紙を受け取る日を待ちました。
ぼくの名前が書かれた赤紙が届くより先に、兄の死亡通知が手元に届きました。間をおかずして、父の死亡が電報にて通達されました。
妹たちは泣きました。ぼくはそれを隠しました。母が泣くところは見てはおりません。見ていないのです。
ぼくはみていない。
みていない。
ナイテハイケナイ。お国のためだ。
ダカラ、ぼくはミテイナイ。
赤紙は未だ届かず。
(ジジッ…)
(ジッ…)
正午をお知らせいたします
ただいま30秒前
(ジッ…)
20秒前
(ジッ…)
10秒前
あと5秒
コァーーーーーーン
正午をお知らせいたしました
(ジジッ…)
アノ日、ぼくは国民学校へと向かっておりました。年の近い子どもたちと一緒に、集団登校をしておりました。
いつも通りの朝でした。
いつも通りの道でした。
いつも通りのみんなでした。
いつもと同じ朝だったのです。
だから、登校中に警戒放送が流れることもよくあることだったのです。
(ジジジ)
警戒警報
警戒警報
×××は××を×××
×××××時に××を×に向かって×××
×××は××、××××を×××…
…
…
…
(ジジジ)
バクダンを積んだ戦闘機はぼくたちの方へと向かっていました。逃げることはできません。教わった通りに、ぼくたちは一列になって脇の側溝へ入りました。
身を屈めて小さくなりました。頭を抱え込みました。
目を閉じて、目を閉じて、空をやって来る戦闘機の音に怯えました。
そして。
ぅウウウウウウウウウウウウーーーーーー
ぅウウウウウウウウウウウウーーーーーー
ぅウウウウウウウウウウウウーーーーーー
ぅウウウウウウウウウウウウーーーーーー
そして、頭を抱え込みながら、目を閉じて、両手で耳と目を押さえました。口は少し開いて、荒い息をしていました。
まっくらな中で、ぼくは爆弾が近くに落ちたことを知りました。
音なんてきこえません。ただ、ものすごい風と、乱暴に体を叩きつける衝撃がぼくたちを襲ってきたのです。
ぼくたちはただ教わった通りに隠れるしかありませんでした。
長い時間でした。長い長い時間でした。
ぼくは痛む体からやっと力を抜けるようになると、目を開けました。
頭がくらくらしました。
周りがよく見えませんでした。
地面がえぐれて、木が折れていることがわかりました。
誰かが咳をする音が遠くで聴こえました。それはぼくのすぐ後ろに並んだ妹のものでした。耳が、よく聞こえなかったのです。
前から「生きているか」という声が聞こえました。一番の年長さんの声でした。
ぼくたちは側溝から這い出しました。妹の一人は鼻血を出していました。もう一人は耳鳴りがすると言います。ぼくは、叩きつけられた肩が痛むだけですみました。
年長さんの点呼に全員が変わらず応えることはありませんでした。
思った以上に近くへ落とされたらしい爆弾は、地面の中へめりこんでいました。
近くには家がなかったことが幸いし、火事にはなっていませんでした。
ぼくたちはカレラを置いて、学校へと向かいました。向かわなくてはいけなかったのです。
遺品だけを持ち、ぼくは泣くこともなく立派に兄を務めたのです。
カレラはそこに残されました。
ぼくが、置いていったのです。
カレラの中には数時間前まで仲良く話をしていた親友もいました。
彼は、高い木の上から上半身だけとなってぼくを見ていました。
ぼくは、彼に最期手を振りました。
風に揺られて、彼の手も振られました。
ぼくたちはカレラをその場に置いていったのです。
そうするしか、なかったのです。
ゴメンネ、××くん。君と約束した明日はもうコナイヨ。
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