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なんということでしょう。
拾ってきた時、みずみずしくておいしそうに見えた大きな桃は、見るも無残な姿に変わっていました。ピンと張っていた桃の皮は、焼けたようにただれていて、鮮やかなピンク色は見る影もなく、紫とも茶色とも言えないただただ不気味な色に変わっていました。
お爺さんはじりじりと桃の周りをゆっくり一周しました。
桃を家の中に置いていくんじゃなかった。外に置いておけばよかった。小分けにして冷蔵庫に入れていればよかった。お婆さんが桃を割るのを邪魔しなければよかった。そもそもお婆さんが桃を拾ってこなければ。
お爺さんが桃の周りを一周し終える頃、お婆さんが殺虫剤を二本持ってきました。
お爺さんとお婆さんは二人がかりで殺虫剤を桃に向けて噴射しました。
ハエは激しい抵抗をすることもなく、ボタボタと床に落ちていきました。
一寸の虫にも五分の魂、しかし塵も積もれば山となる。ワシらはどれだけの魂の分だけ殺生をしているのじゃろう、などと考えながらお爺さんは殺虫剤の噴射を続けました。
すると、桃の中に桃ではないなにかがあることに気がついたのでした。
「どうしたんですか? お爺さん」
お婆さんがお爺さんに呼び掛けました。しかし、お爺さんは微動だにしません。
腐った桃の中を見つめ続けるお爺さんの顔はみるみる真っ青になっていくのでした。
ただならぬお爺さんの様子にお婆さんも桃の中を見つめました。
想像外の創造。おおよそ考えもつかない神秘。運命のバタフライエフェクト。
腐敗する桃の果肉にまとわりつかれたソレは、物言わず朽ちてしまっていました。今さら何かひと言、発することもありません。
お爺さんとお婆さんは弔いのため手を合わせることも忘れ、やがて英雄となるはずだったソレを、運命の掛け違えによって生まれた静けさの中で、ただただ見つめ続けるのでした。
おわり
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