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絞り出すように呟いた言葉と共に、頬から涙が流れ落ちた。
(チッ、ああー、クソ。気づかなければよかったな)
居なくなって初めて気づくなんて、ありきたりだが師匠であろうと片意地を張っていた自分の落ち度だ。
唐突な紬風によって店のドアが勢いよく開いた。しまった。表の札を「閉店」にするのを忘れてしまったと、顔を上げた瞬間。
俺は目を疑った。
荒い息を吐いて、現れたのは弟子のリゼットだった。箒の代わりに、見覚えのある黒のマグカップを両手に抱えているではないか。
「師匠……じゃない! イザヤ・グリフィン……さん。これを飲んで貰えますか!?」
白い湯気が立ち上り、香りから察して紅茶ではないか。
俺は状況が理解できず、ただ驚いた。
彼女はキュッと唇を噛みしめると、言葉をこう付け足す。
「ずっと、ずっと、ずっと大好きです。師匠としてではなく、その……これからは、恋人として一緒にいてくれませんか?」
「………………マジか」
「大マジです!」
参ったと思いながらも、口角は吊り上がっていた。
飲むまでもない。
俺は惚れ薬が効かない一番の理由に気づいた。
すでに惚れている場合は、効果はない──と。
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