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「もう、私がやるよ」
母の好きなアールグレイの紅茶をカップに注ぐ。母が用意したのは、誕生日やクリスマスなどのお祝い事に必ず買っていた近所の洋菓子店のケーキだった。
「いただきます」
甘いホイップクリームとしっとりとしたスポンジが子供の時に作ってくれた母の手作りケーキに似ている。
「美味しいね」
「良かった」
母の策略か思いやりか分からないが、私はこの日を境に過去の恋にこだわる事を止め、自分を取り戻せたのだった。
後日、絵奈にアルバイトをやってみたいと告げると大いに喜んでくれ、それを見て少し涙ぐんでしまった。私はアルバイト先のレストランで、口の悪い友人と優しい先輩に囲まれて他では得られない経験をした。料理を作る事は相変わらず苦手だったけど、料理を食べたお客さんの笑顔と「ご馳走様、また来るね」と帰り際に言ってくれた言葉は失敗ばかりの私を支えてくれた。大学卒業後、滑り込みで就職が決まり、その一年後に念願の一人暮らしも始められた。
一人暮らしを始めて最初の正月、ファイルに入れっぱなしだった味噌のレシピを引っ張り出した。通販サイトで買った味噌作りキットを台所に並べ、気合を入れる。
「よし、味噌を仕込むぞ」
そうしてまた新たな一年が始まったのだった。
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