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そして気付いてしまった――触手が、自分の体を支えていることに。
ただし、それはヴィクトルの体から生えている。
尻のすぐ上、左右の腰から子供の腕程の細いものが二本、それに太腿の裏から一回り太いものが更に二本。
太腿の触手は膝に一回転巻き付いた後、葡萄の蔓のようにベッドの柱に巻き付いていて、体を宙に固定している。
腰のものは気付いた時にはヴィクトルの両腕を巻き込み、柱に縛り付けていた。
「ひっ……!」
驚いて正面に向き直り、目の前の男を睨む。
「お前っ、人間の姿を保てと……!」
「『私は』保っている。問題無いだろう?」
バアルが首を傾げて艶然と微笑み、その指がヴィクトルの乳首を強く摘まみ上げた。
「いい訳な……んン……っ!」
ビクッ、ビクッと褐色の尻が宙に躍り、ギチギチに肉棒を飲み込んだ穴が、雁首を引き込むように締まる。
「お前はやっぱり、縛り上げた方が感度がいい……このままゆっくり愛してやりたいが、私も既に限界だ……お前の身体もトロトロに蕩けて私を欲しがっているし――」
低い声がヴィクトルの耳元で甘く囁き、舌がねっとりと耳穴を舐め回し始めた。
「あはァ……っ、ァ……」
乳首を指先で乱暴に愛撫されながら性急な動きで尻を突かれる。
自分の体は一切自由にならないので、そこから体を貫く度を越した快楽の逃げ場がない。
「ンっ、はぁあっ、イク……っ、も、やめろ……っ」
柱に縛られたままのけぞり訴えるが、バアルは紫の目を細めたまま腰を打ち付けてくることをやめようとしなかった。
「たまには人間のような交わりをするのもいいな……本来の私を出せないのは辛いが、積極的なお前が見られるのは楽しい……」
首筋や唇に啄むキスをいくつも落とし、バアルの腕が柱ごとヴィクトルの体を抱き締める。
密着した体温に、ずっとそんな風にされたかったのだと気付いて動揺した。
それが伝わったのか、目の前の神が微笑みながら頬と頬を付け、低くつややかな声で囁く。
「お前は私と人間の恋人のように愛し合いたかったのか。可愛いな……愛しているよ、ヴィクトル……」
言葉とともに唇を塞がれた途端、下腹の奥で激しい絶頂感が高まり、ヴィクトルは声にならない叫びを上げた。
「~~~っ、……!!」
もう、止まることができない。
膝から下を神の腰に巻き付けて尻を擦り付け、蕩けた肉を押しつけて何度も悦びを貪る。
「ずっとお前と一緒にいる……決して離れはしない」
唇を貪りあっているはずなのに、どこから聞こえたのかそんな言葉が耳に届き、ただ頷いて瞼を閉じた。
翌朝、ヴィクトルは見慣れた粗末な藁敷きのベッドではっと目が覚めた。
慌てて飛び起き、周りを見回すと、微かないびきをかきながら枕元に白いタコ状の生物が伸びきって眠っている。
「――はぁ……」
気の抜けたようなため息が漏れて、がっくりと全身から力が抜けた。
全裸の褐色の肌には接吻の跡が残っていて、昨夜のあれがどうやら夢ではなかったらしいことを悟る。
――完全にハメられてしまった。
改めて怒りがフツフツと湧きながら毛布を剥がし、何気なく自分の下半身を見下ろして驚愕した。
「げぇっ!!」
腰の両脇と左右の太ももから、うねうねと白い触手が四本出ているではないか。
「おいっ、なんでこんなもんがまだ俺の体から出てんだ!? おいアミュっ、起きろ!!」
慌ててアミュに掴みかかろうとすると、触手がまるで腕のように伸びてアミュの体をぎゅっと抱き締めた。
その仕草は、まるで子供が大事な人形か何かを抱くかのような優しいもので、益々気味が悪い。
アミュは触手に抱かれたまま腕で大きな目を擦り、ふわーっとあくびをしてから、悪びれない様子で声を上げた。
「……みゅ?」
「みゅじゃねえ! これ何とかしろ!!」
朝っぱらから全裸で激昂するヴィクトルに、アミュがおびえたようにビクンとはねる。
そのまま必死で身振り手振りを始め、懸命に何かを訴え始めた。
その仕草を解読するにつれ、次第に嫌な予感が湧く。
「……はぁ? 元に戻らねえけど……? 自分の意志でしまえるから大丈夫……?」
言われて試しに『戻れ』と念じた。
と、スポンと左右の腰と太腿に計四本の触手が収まり、皮膚には入れ墨のような青い斑紋が残った。
バアルの触手が出る時に浮かぶものと同じ模様だ。
「確かにしまえたがよ、そういう問題じゃねえだろうが!? おまっ、ずっと一緒って……まさかそういう意味かよ!? ふざけんな、元に戻せこの野郎……っ!!」
床に落ちたアミュの体を何度も足で踏みつけるが、何故か白いタコは幸せそうな顔をして足の裏に抱きついている。
自分の体と運命がまた一つ取り返しのつかない方向に進んでしまったらしいことに気付き、ヴィクトルは今度こそ本気で天を仰いで叫んだ。
「この悪魔……っ、もう二度とその面見せるんじゃねえ!!」
「みゅう!」
――だが、悪魔の方はとうに自分たちは結ばれたと思っているのか、しっかりと足首に巻き付き、二度と離れてはくれなかったのだった。
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