石の上

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 境内は真昼のように明るかった。  狭い坂道から寺の周囲を覆う竹藪は、冷たい月に洗われて、昼とはまるで違う艶を帯びていた。    あらゆるものが、濃い影を砂利の上に落としていた。眩しい月は、天頂にある。  境内の座禅石には、大きな男が座っていた。刀を手元に置き、禅を組んでいる。月光のせいで、閉じた目が少し眩しそうだ。  しかし実際のところ、侍は眩しくもなんともなかった。  閉じた目に皺が寄るのは、無の境地に逃げ込もうとするあまりだった。    侍は、己が短気なことや、情にもろすぎることを知っていた。その欠陥を克服するために、こうして毎晩、禅を組みに寺まで駆けてくる。  昼間は、農民から税を徴収する仕事に奔走している。侍は、この仕事が好きではなかった。だけど、この仕事があればこそ、貧しい家族がなんとか生きていられるのだった。    雨漏りのするあばら家では、弟や妹たちが身を寄せ合って眠る。  守るべき彼らが穏やかな眠りに入ったのを見届けてから、侍は家を出た。ひたひたと草履で駈足をし、一刻も早く寺の座禅石に行きつこうとした。そうして、何時間でも禅を組み、やがて寺の中から物音がする頃、また駆け足で家に戻る。  月がちょうど脳天の真上にきたことを、侍は知らなかった。  辺りは不思議な光に満ち、ざわついていた竹藪も、ついに完全なる静寂に落ち着いた。  静けさの中で禅を組みながら、彼の中身は落ち着かなかった。
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