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小吉は大人になり、すんなりというわけにはいきませんでしたが、藩主の斉彬様に仕えることとなりました。本当に良い殿様で、斉彬様にお仕えしていた時が最も幸せだったように思います。
しかし、斉彬様はあっけなくお亡くなりになりまして、次に小吉の主君となったのが久光様でした。
この久光様と小吉は気が沿いませんでした。
小吉の情の激しさが、こうなるとことごとく裏目に出てしまい、世情の複雑さ、危険さも伴って、ついに後に引けない事態となりました。
月照という、女性のように美しい僧侶がおりまして、この僧侶が討幕派の立場でありました。小吉は月照と心やすくなっており、情報収集の目的以外でも、ずいぶん近づいていました。
小吉は薩摩の教育を真っ向から受けて育った男らしく、禁欲的な部分がたぶんにあります。
女気のない生活の中で、なよなよと品よく美しい月照は、小吉にとって安らぎそのものでございました。
月照る夜の屋根の下で、まるで母の胸に抱かれるように、月照と過ごしておりました。行燈の灯が暗く揺れる中で、月照に抱かれる小吉の周辺に、闇の花々が色とりどりに咲き乱れ、優しい香りを漂わせるのを、何度もわたしは見ております。
思えば小吉は、意地を張って生きていました。
幼い頃から今に至るまで、安らぎを心行くまで味わったことがなかったのかもしれません。
小さな時であれば、親の期待を背負った長男だからというわけで、他よりおかずが一品多いのが当たり前でした。ところが小吉は、郷中の教育で学んだことを、そのまま自分に強いました。大きな体の小吉が空腹でないはずがないのに、自分にあてがわれた副菜を、下のきょうだいたちに全部やってしまいました。
そんな具合で、小吉は、自分に与えられたものを、素直に受け取ったことが一度もないままでした。
月照との逢瀬は、そんな小吉を随分と慰めたようです。
ところが世情は残酷なもので、薩摩藩は月照を処分することに決めてしまいます。
小吉はなんとか月照を守り抜きたかったのですが、久光様に意見が通る訳もなく、とうとう月照と心中をする覚悟を決めました。
それは月の綺麗な晩でして、月照を送る船が波に優しく揺れておりました。
月照も予感があるのでしょう、小吉に寄り添い、手を取り合って微笑みながら波に映る月を眺めます。
月の光は海に落ち、まるで頼りない道のように水平線に続いているのでした。
波間に揺れ、輝いたかと思えば消滅する月の道は、確かにあの世に続いておりました。
小吉の背後についているわたしには、それがよく見えたのです。
月照と小吉の寄り添う周囲には、無数の闇の花が咲き乱れております。あでやかな蝶が舞い遊び、二人がいる場所は、深く甘やかな安らぎがあるのでした。
この安らぎを、小吉は望んだようです。
初めて、何かを心から欲しいと思い、それを手に入れようと動きました。
月照を後ろから抱きかかえ、大きな小吉は立ち上がります。仲間たちが止める間もなく、二人は波の中にどぶんと身を沈めたのでした。
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