月の道、途切れて

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**  小吉は救い出され、手厚い看護のもとで息を吹き返しました。  しかし、心身が完全に蘇るまで、ひと月ほどかかりました。  誰が何を話しかけても、小吉は言葉を放ちません。ただぼんやりと空を見つめるばかりでした。  このまま小吉が廃人のように生きてゆくとしても、わたしは彼から離れることはできません。  ただ、じっと側におり、彼の様子を見つめるしかないのです。  しかし、ついに小吉がふんぎりをつける晩が来ました。  それは、月照との心中未遂からちょうどひと月目の晩であります。  その晩も月が美しく照り、縁から見える荒れた庭のあれもこれもが冷たい光に濡れて、輝いているようでした。  小吉は縁に腰を下ろし、呆然と月の光を浴びております。  静寂の中で、それは突然起こりました。  ふと気が付くと、そこここに、あの香しくも妖しい、安らぎに満ちた闇の花が開き始めております。  なぜ、花がここで開くのだろう。  わたしは戸惑いながら、自分の周囲を見ておりました。  その時小吉は、呟いたのです。  「おいは一人じゃなか」  はっと小吉を見ると、あの大きな目が、確かにわたしを見つめておりました。  月の光には、こうした不可思議な作用があるようです。  小吉は、わたしに手を差し伸べております。思わずその手に自分の手を重ねますと、驚いたことに、小吉は涙をぼろぼろとこぼし始めたのでした。  「生きらんなならんのか」  大粒の涙が縁に落ちました。  その晩、まんじりともせず、小吉は泣き明かしました。  夜が明け、わたしの姿が見えなくなった時、ようやく少し寝たようです。    その日のことでした。  薩摩藩の藩命で、小吉に奄美大島行きが命じられたのは。  久光様は小吉を嫌い、ついに島流しにしてしまわれたのです。
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