2人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
**
小吉は救い出され、手厚い看護のもとで息を吹き返しました。
しかし、心身が完全に蘇るまで、ひと月ほどかかりました。
誰が何を話しかけても、小吉は言葉を放ちません。ただぼんやりと空を見つめるばかりでした。
このまま小吉が廃人のように生きてゆくとしても、わたしは彼から離れることはできません。
ただ、じっと側におり、彼の様子を見つめるしかないのです。
しかし、ついに小吉がふんぎりをつける晩が来ました。
それは、月照との心中未遂からちょうどひと月目の晩であります。
その晩も月が美しく照り、縁から見える荒れた庭のあれもこれもが冷たい光に濡れて、輝いているようでした。
小吉は縁に腰を下ろし、呆然と月の光を浴びております。
静寂の中で、それは突然起こりました。
ふと気が付くと、そこここに、あの香しくも妖しい、安らぎに満ちた闇の花が開き始めております。
なぜ、花がここで開くのだろう。
わたしは戸惑いながら、自分の周囲を見ておりました。
その時小吉は、呟いたのです。
「おいは一人じゃなか」
はっと小吉を見ると、あの大きな目が、確かにわたしを見つめておりました。
月の光には、こうした不可思議な作用があるようです。
小吉は、わたしに手を差し伸べております。思わずその手に自分の手を重ねますと、驚いたことに、小吉は涙をぼろぼろとこぼし始めたのでした。
「生きらんなならんのか」
大粒の涙が縁に落ちました。
その晩、まんじりともせず、小吉は泣き明かしました。
夜が明け、わたしの姿が見えなくなった時、ようやく少し寝たようです。
その日のことでした。
薩摩藩の藩命で、小吉に奄美大島行きが命じられたのは。
久光様は小吉を嫌い、ついに島流しにしてしまわれたのです。
最初のコメントを投稿しよう!