月の道、途切れて

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 わたしは彼を見守る存在で、幼い頃より今に至るまで、ひっそり側についております。  なぜ彼に限り、わたしのような存在がついているのかなど分かりません。守護霊だの、神だのという存在では断じてなく、ただ側におり、見つめているだけでございます。  最初、漠然と、どうしてこんな意地っ張りの変な人の側から離れられないのだろうと思っていました。  小吉はーー小吉と言うのが彼の幼名であり、今は違う名を名乗っておりますが、わたしにとって彼はずっと小吉なのですーー体は立派で、大きな目を持った男の子で、貧しい武士の家の最初の子供でありました。この子はさぞ大人物になるに違いないと親は喜び、相当な期待をかけていたようです。  やがて妹、弟が順に生まれましたが、どうやら小吉に叶うほど特別な雰囲気の子はいませんでした。  家庭の中で別格である小吉は、やがて同じ郷中の子供の中でも頭角を現すようになります。  荒っぽい薩摩の男の子ですから、時には暴力沙汰もあり、小吉は不運にも右腕に取り返しのつかない傷を負わされました。それで、薩摩隼人の命とも言うべき剣を志すことができなくなったのです。  剣を諦めて、小吉は学問に精を出すようになりまして、そこから徐々に彼の道が開いていったようです。  小吉は本当に奇妙な子で、時に大きな目をじっと凝らし、この世のものではないものを見据えるような表情をします。  実際に、わたしのことが見えているのではないかと思うほど、怖く澄んだ目で、しばらく闇を睨んでいるのです。  彼は激しい気性の持ち主で、泣くのも怒るのも人一倍です。この気分の波の激しさは、薩摩の武士としては不適な性分です。  薩摩隼人というものは感情を表に出さず、熱い魂を冷たい中で燃え立たせているようなものなのです。ところが彼の場合、あまりにも情が激しすぎて、自分でもおさまりがつかないようでした。  それで、禅を組んで心を鎮める訓練を重ねたのですが、それは結果として、小吉をより恐ろしく、より破滅的な人間にしてしまったようです。  心を人以上に研ぎ澄ました小吉は、元から持っていた強い感受性を、更に敏感にしてしまいました。
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