刻薄な告白

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 世の中は言わなくていいことで溢れている。でも、その胃袋に溜まった「言わなくていいこと」が徐々に喉元まで迫り上がって来て、「打ち明けてしまいたいこと」に変わることもまた、多くある。  腫れ上がった赤黒い肉の塊を、なるべく少ない本数の指で割いた。クチュ、クチ……という粘り気のある水音を立てた裂け目から、トロリと、わずかばかりの肉汁がこぼれる。口に運んだ。ケチャップのチープな甘さと酸味が一番、印象的だった。  レンジフードに付いた小さな照明だけが照らすキッチンで、スマホを片手に立ったまま、男は手で妻の作ったハンバーグを食べていた。 「うぇっ、ゲホゲホッ……」  メッセージの受信を告げる軽快な通知音が響いたと同時、喉に胡椒が張り付いて咳き込んだ。慌てて乾燥カゴに伏せてあったグラスを取り、脂とソースに塗れた手のまま水を飲む。  咽せたことで、腹は空いていたが、食事はますます億劫になった。  男は、まだだいぶ料理が残っている大皿からミニトマトだけを左手でつまむと、ポイと口に放り込んだ。咀嚼しながら、茶碗に盛られた白飯と残った肉、付け合わせとを新聞紙に包んで――捨てた。嫌だったが、ゴミ箱の底をほじくり返してなるべく奥に押しやった。  メッセージを返しながら、奥歯でいつまでも薄く伸され続けていたトマトの皮を飲み込んだとき、ピピッと腕時計が〇時を告げた。大皿と茶碗を洗い、最後に使っていない碗と箸も一応湯に(くぐ)らせてから、皿と一緒に伏せ置いた。  早く風呂に入らなければと思う。  ネクタイ、ワイシャツ、スラックスに靴下、そして下着と、チェックアウト時の巻き戻しの手順ですべてを脱ぎ捨て、男はバスルームへと入っていく。 「ああ。今回のホテル、良かったな……」  いい気分だった。男の下手な鼻歌はこぼれ落ちて、排水溝に吸い込まれていった。
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