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待ち合わせの駐車場へ向かう。まだ十一時半だ。だというのに、お兄さんはすでに到着していて、例の数字を見下ろしていた。
今日のお兄さんは、色付きのおしゃれなシャツに、長い足が目立つチノパン、そしてショルダーバッグだ。
私服姿のお兄さんだ……っ!
「早いですね」
お兄さんはこちらを見た。
「あ、はい……」
「このままだと二人とも溶けてしまうな。避難しましょう」
そう言って、お兄さんはコンビニの向かいのカフェチェーンを指差した。
うそでしょ。いやいやいや、絶対違う。お兄さんはきっと、暑さで倒れないように親切で言ってくれてるんだ……。
カフェに入るお兄さんの背中を、大人しく付いて行く私。
お兄さんに「アイスコーヒーでいいですか?」と聞かれて「はい」と答える私。
いつの間にか二階の窓際の席に、お兄さんと向かい合って座っている私……。
これ、もしかしてもしかしなくても、で、デー……。
待って、さりげなくお兄さんが私の分の会計を持ってしまっている。
「あ、あの、コーヒー代払います」
「いえいえ、いいですよ。こっちが付き合わせてますからね」
元はといえば私が付き合わせているのに、お兄さんはそう言って薄く笑って、窓の外のコンビニを見下ろした。
私は恥ずかしくなって、黙ってお兄さんが奢ってくれたアイスコーヒーを、一気に半分くらい飲んでしまう。
「あの、数列のことなんですけど……」
「はい」
「私、あれからちょっと調べてみたんです。そしたら、ココナッツ数列? みたいなやつがあるって聞いて」
「ココナッツ……」
お兄さんは鸚鵡返しに言った後、一瞬ぽかんとして、その後すぐに満面の笑顔を見せた。
「フィボナッチ数列のことですね」
「そ、そうそれです」
こ、ココナッツじゃなかった……! 恥ずかしい……!
「あれがその、フィボなんとか数列じゃないかって」
「フィボナッチ数列は、1と1を足した答えから始まって、その直前の数字を足し続けるんですよ。1、1、2、3、5、8、13、21……ってね。だから、あの数列はフィボナッチ数列とは関係ないと思いますよ」
「そ、そっかあ」
せっかく謎が解けるかと思ったのに。
私はつい脱力して、椅子の背もたれに寄りかかった。
はっ。いけない。今はお兄さんがいるんだからだらしないところなんて見せられない!
私はすぐに背もたれから身体を離し、背筋をピンと伸ばした。
その様子を見て、お兄さんが笑う。
「店員さんは、数学はちょっと苦手ですか?」
「あ、はい……だいぶ……」
は、恥ずかしい。私が亀のように首を引っ込めると同時に、お兄さんは窓の外に何かを見つけたのか「あ」と声をあげた。
「今日は早いな」
「え?」
驚いたのもつかの間、お兄さんはすぐに席を立ち上がって、荷物や本をまとめ出す。
「どうしたんですか?」
「店に来て早々すみません。〝犯人〟が来たようなので、行きましょう」
「え……」
犯人……って!?
「えぇええええ!?」
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