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「だけどね、アラサー男が一人で高校の文化祭に出向くのには、多少抵抗というものがありまして」
「そ、そうですよね。私も、一人で知らない高校の文化祭に行くのはちょっと抵抗あります」
同時に『ピー、ピー』と電子レンジが終了の合図を鳴らした。心臓が壊れそうだった私は、慌てて商品を取り出してレジ袋に入れ、シュウさんに手渡す。
レジ袋を受け取ったシュウさんの指が触れるのと、彼がとんでもない言葉を発するのは、ほとんど同時だった。
「でしたら、よければ一緒に回りますか?」
一瞬、何を言われてるのかよくわからなかった。
一緒に回る? なにを。
あ、文化祭を?
「わ、私とですか?」
「はい。数列のナゾで関わった美術部員の展示も、一緒に観に行きたいし」
レジ袋がするりと私の手を離れて、言われた言葉の端だけが私の頭の中をぐるぐると回った。
そこへ「どうでしょうか」とシュウさんが尋ねてくる。
答えはもちろん……!
「い、行きます! ぜひ一緒に行かせてください!」
「よかった。待ち合わせ時間などはメッセージに送りますね。では後日」
「は、はいっ、よろしくお願いします!」
袋を手に提げて去っていくシュウさんの背中を見送りながら、「ありがとうございましたぁっ!」と声を精一杯あげて、頭をさげた。
昼の喧騒が収まって、コンビニの中がしんと静まり返ったと同時に、顔を上げた。
「ゆ、夢じゃないよね……?」
シュウさんと一緒に文化祭にいける。その実感にじわじわと喜びが体にこみ上げてきた。
「や……やった!」
「──おっつーっす」
「ぎゃあっ!」
レジ横のバックオフィスから声がして、飛び上がった。見てみると、コンビニの制服に着替えた佐野くんが、レジとバックの間の戸口に寄りかかってこちらをじっと覗き込んでいる。
「な、なんでそんなところに!」
「美澄さん、いま口説かれてたっすよね? お二人の邪魔をするほど俺もヤボじゃないんで」
「く、口説かれてなんかないよ? いやだなあもう佐野くんたら!」
寄りかかっていた戸口から体を離した佐野くんは、怪訝そうな顔をしながらタバコ棚の補充を始める。
「あんなにナチュラルにコンビニ店員をナンパするイケメン、俺初めて見たっす」
「だからナンパじゃないってば!」
「あれで無自覚なら、あの人相当なひとたらしっすよ、あはは」
「佐、野、く、ん?」
悪ふざけが過ぎる高校生の背中をペシペシと叩くと、すんませんっす、を連続で言いつつ佐野くんはカラカラと笑った。
包装を解いたカートン分のタバコ箱を手分けして開封し、棚に補充していく。ええと、この銘柄の一ミリはここの棚っと……。
「美澄さん、なんならあのお客さんと付き合っちゃえばいいじゃないすか」
タバコの箱を落としそうになった。
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