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🍫チョコレート専門店 「ちー助」
それがわたしのお店だ。店内は人が5~6人も入ると一杯になるくらい狭い。
商品もガラスケース数段の中に手作りチョコが並ぶだけだけれど、常連客やネットを見てやってくる客のSNS発信のお陰もあってか、閉店時にはすべてのチョコレートが売り切れていた。
ーごめん、先輩。今日会えなくなったー
夜7時、閉店とともにそうlineした時、店のドアが開き先輩が入ってきた。
「ちぇ、やっぱり完売したのか・・」
ガラスケースを見るなり、投げ捨てるようにそう言うと
「ほら」
と、先輩がポケットから出した小箱をポンと頬り投げた。
店内のオレンジ灯に金色のリボンが煌めく。
条件反射か?
猫じゃらしに飛びつく猫みたいに小箱をキャッチしていた自分に驚いた。
「試食してくれ」
ゴールドに見えたはずのリボンは手の中で赤紫に変わっていた。玉虫色?
光の具合によって様々な色に変化するように織られている。貰う時間によっては、まったく印象が違うという遊びを入れたらしい。お昼なら爽やかで夜は妖艶、そんなイメージか。
「なに固まってんだよ。逆バレンタインじゃねぇぞ」
「えっ?」
「俺の新作。今日のバレンタインに合わせて発売したんだけど、有難いことに完売してね。これはちー助の感想を聞きたくてひとつ残しておいたんだ。お前の意見は参考になるからさ」
うわー、なんて甘ーい言葉だろう。沼は沼でもチョコレートの底なし沼にはまってしまいそうなくらい気持ちいい・・。
そう思いながら、心はどっぶり沈んでいた。
閉店後先輩とご飯の約束をしていた私は、こころルンルンで店の片付けをしていたのだけれど。
カチャっと開いたドアには、「あぁ、やっぱり間に合わなかった・・」と小さく呟く声と、ガラスケースを見てほんとうにがっかりした顔の女性が立ちすくんでいる姿が目に飛び込んだ。
一度食べたここのチョコレートをどうしても食べさせてあげたいと思っていた男性がいたのだと。
「仕事が長引かなければ買いに来れたのに・・」女でも守ってあげたくなるような雰囲気の女性は、もはや萎れて倒れそうに見える。こんな人は得だ。思わず同情してしまう。よせばいいのに、「ひとつありますが、それでも良ければ」などとつい言ってしまった。信じられないくらい感謝されたけれど、結果、先輩のために作った渾身のチョコレートはなくなった。
ま、いいか。私ならまた作れるし、あんなに感謝してもらったんだし。そう思ったけれど、こんな状況になると先輩に渡したかったなと心底後悔していた。そして、
「本当にひとつも残ってないの?」と問い掛ける先輩に、もはや心で苦笑いするしかなかった。
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