1人が本棚に入れています
本棚に追加
先輩と呼んでいるこの人は、高校卒業後に入ったショコラティエの専門学校で知り合った。
両親が共に働いていた事もあり、わたしは幼稚園の頃から祖母に育てられたのだけれど、その祖母は女の子のわたしを溺愛し、両親に内緒でなんでも買ってくれ毎日のように美味しいものを食べに連れていってくれた。
その中でもわたしを魅了したのは、高級ホテルのガラスケースに並んでいたたくさんの美しいチョコレートだった。
それから一体どのくらいのチョコレートを食べたことだろう。
中学生の頃には自分でレシピも考え、あらゆる食材を取り寄せては祖母に食してもらったが、どんなものも美味しい美味しいと涙を流す祖母では自分の実力は全然わからなかった。
だから、学校に入って初めて自分の才能を認識した時には好きなものを探求してきた甲斐があったと思ったのに、ひとつ上の学年にずば抜けて上手い奴がいると同級生から聞かされた時には軽いショックを受けたのを覚えている。それが先輩だった。
別にイケメンでもない。普通のどこにでもいる男性だけど、制服である縦襟の白いコックコートにギャルソンエプロン姿の先輩は正直イケていた。
制服は七難隠す? というやつか、テンパリングする真剣な横顔の先輩が人気なのは8割がた制服のお陰だっただろう。
その先輩も一つ下に上手い奴がいると聞いていたと卒業後に聞かされた。わたし達はいつの間にか、友人というよりいいライバル関係になり、10年経ってもそれは変わらず、先輩は数年前からカフェの社長をしている友人に頼まれて、店のコーナーで独自のチョコレートを作り訪れた客に提供していた。
わたしは、表通りでもないし垢ぬけてもいないけれど古い商店街の残る地域で見つけた小さなパン屋さんだった店舗を借り、この春ようやくオープンしたのがこの店だった。
店内を見渡しながら、「悔しいんだけどさ、どんなに頑張ってもお前のチョコレートはコピー出来ない。なにが違うんだろうね?」と彼が愚痴る。
残念だな・・。あげるはずのチョコレート。食べたらきっと驚いたと思うのに。
「今度、このチョコの感想と一緒に新作プレゼントするよ」
そうして、わたしの28歳のバレンタインは終わってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!