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焼夷弾の雨のあとに
空襲警報。昨日も一昨日も鳴った。鳴ったのに町は平和だ。平和というのは、おかしいかも知れないが爆撃がないのだから平和なのだろう。
バチン。私の頬にばぁの平手打ちの音。
「飯を残すんじゃない! まだ椀に汁が残っているじゃないか! 贅沢なことすんじゃないよ!」
私はヒリヒリと痛む頬に手を当てる。
「だって……」
「だってじゃない! 汁一滴も残すんじゃない! おまんまを残せる時代じゃないんだよ!」
「お義母さん、そのへんで……」
母ぁは、去年生まれたばかりの茂にお乳を与えている。満足にお乳も出ないのだろう。茂の頬は赤子なのにこけている。
「あんたが甘やかすから!」
ばぁの手が振りあげられる。私は咄嗟に母ぁの前に立ち塞がる。
「母ぁをいじめるな!」
ばぁは舌打ちをして、その手を下ろした。
「本当嫌だね。馬鹿息子が戦争に取られたばっかりに私ゃ悪者だよ」
ばぁはブツブツ言いながら外に出ていく。私はそれを見送ってからペタンと膝をついた。
「怖かった……」
母ぁは、茂を抱いたまま私の肩を抱き寄せる。
「岬、ありがとうね。でもね、ばぁに悪気はないから。仲良くしなきゃ」
「そんなの嘘だ。ばぁは私が嫌いなんだ。毎日毎日、私を打つんだもの」
「そんなことはないよ。今が戦争の時代だからだよ。平和になったらばぁも優しいばぁになるよ」
「嘘だ。平和なんて来ないよ。だから、ばぁが優しくなることもないんだ」
私が物心ついたときから戦争はあった。食べ物も着るものもどんどんなくなって、食事は芋のつるを煮た味気ないもの。母ぁは白いお米は美味しいんだよと教えてくれるが私は見たこともない。美味しいおまんまを口にできる日が来るとも思えない。
母ぁが抱いた茂の顔を見る。可愛い弟のはずなのに、この子のせいで母ぁがどんどん痩せていく気がする。
父ぅは茂が生まれる前に戦争に取られて生きているかどうかも分からない。手紙の一つも寄越さないのだ。薄情なものだ。
ブォンという音が耳に届く。空襲警報だ。
「ほら。防空壕に行かなきゃ。ばぁを呼んできて」
母ぁはそう言って茂を抱いたまま、防災頭巾を頭に被る。
「私、行かない。どうせ今日も空襲はないよ」
ここ何日もそうだったのだ。行ったって意味ない。
「それは分からないでしょう。日本は戦争をしているんだから」
「行かないったら行かない!」
母ぁは、ハァと息を吐く。
「だったらばぁといなさい。危なくなったら逃げるんだよ」
「……うん」
ばぁとはいたくなかったが、寿司詰めの防空壕よりマシだ。母ぁは茂を抱いたまま、家を出る。私は玄関先でその背中を見送る。
ドォンと鈍い音がして、空から風切り音が聞こえる。
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