どうして傷つけるの?

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

どうして傷つけるの?

嘘をつけるなら、とことんついていたかった。 愛があるなら、とことん思っていたかった。 20年前に終わった恋。 懐かしくて、胸が暖かくて、幸せだった そんなあの日々を…。 時々、取り出しては、僕は君を懐かしく思った。 元気にしてるのだろうか? もう一度会えるだろうか? 幸せだろうか? また、話したい。 そんな風に、思いながら…。 また、今日も一日が終わるんだ。 そんな毎日が、繰り返されると思っていたある日の出来事だった。 ブー、ブー 7年ぶりに、狭間光夫(はざまみつお)からのメッセージがやってきた。 【りっくん、元気にしてる?】 【元気だよ】 すぐに、メッセージを返信した。 僕の名前は、松風陸十(まつかぜりくと) 年齢は、今年で36歳になる。 そして、光夫は僕の中学時代からの友人だ。 僕には、もうすぐ結婚をする彼女がいる。 光夫と僕は、他愛ないやりとりを繰り返す。 【りっくん、結婚式はするんだっけ?】 【来年の2月だから、後3か月先だわ】 僕は、光夫を招待していなかった。 それは、光夫の住所を知らなかったからってのもあった。 いや、それだけじゃなくて光夫は僕に彼女が出来た時に「おめでとう」と言ってくれなかった。 【結婚してなかったのにビックリだよ?】 【彼女が、まだ22歳だったからね。7年前は…】 【そっか、そっか】 【29歳になったから、そろそろしたいって思い始めたみたい】 【そっかー。俺も結婚しようかって相手いるんだよ】 【そうなんだ!よかったな】 僕は、光夫にそう送りながらキッチンにお湯を沸かしに行く。 【誰だと思う?当ててみ!りっくんが知ってる人】 光夫は、この謎のゲームが昔から好きだった。 で、僕はこのゲームが大嫌いだった。 光夫とは、学生の頃は居るのが大好きだった。 なのに、二十歳を過ぎた辺りから急にいるのが楽しくなくなった。 馬鹿をやるのは、いいけど…。 それ以外が苦痛だった。 大人になっていく事のズレを感じていたんだと思う。 それが、何かもの凄く悲しかったんだ。 何とも言えないズレ それを埋める術がない現実。 それが、悲しかった。 カチッとケトルが音を立てた。 インスタントのカフェインレスのコーヒーをマグカップにいれてからお湯を注いだ。 彼女の寺浦花未(てらうらはなみ)が、夜はカフェインレスしか飲まないのだ。僕は、いつの間にか花未と同じものを飲むようになった。 コーヒーを作ってから、僕はソファーに戻る。 「はあー。めんどくさいな」 僕は、光夫の謎のゲームの答えを考える。 あっ、わかった。 【春日井菜穂子(かすがいなほこ)だったりして】 僕のメッセージに光夫は、【正解】と送りつけてきた。 【それは、凄いなー。光夫、ずっと好きだったもんな】 光夫は、春日井さんが大好きだった。中学三年の夏から大好きだった。 【だろう!】 【想い続けてたら叶うもんなんだな】 僕の言葉に、光夫は【そうだな】と言った。 その後、すぐに光夫は【でも、離れてるから。別の人とちょっと付き合ってた】と送ってくる。 僕は、コーヒーをフーフーしながら飲んだ。 返事を返そうとしたら、光夫からまたメッセージがやってくる。 【その人も、りっくんが知ってる人】 僕が知ってるって事は、光夫が高校に入って好きになった人だから…。 【中本遥(なかもとはるか)?】 【違う】 光夫からのメッセージに、僕は頭を悩ませる。中本じゃないなら、友達だったやつか? 僕は、大嫌いなこのゲームをどうやら頑張って攻略しなくちゃならなかった。 誰だ、誰だと悩んでいると…。 【りっくんが、告白した人】 その言葉に僕は胸が掴まれて、息が出来なくなるのを感じる。 【まりも?】 僕のメッセージに、光夫は嬉しそうな笑顔のマークをつけてメッセージを返してくる。 【そうだよ。懐かしいだろ?】 懐かしいか…。 光夫にとっては、どうでもいい過去なんだ。 僕は、その告白を受けて胸がザワザワとモヤモヤに支配されていくのを感じた。 【懐かしいね。まりも】 【だろー。】 【そうなんだ。光夫が付き合ってたんだ。でも、まりもって結婚してなかったっけ?】 【してたよ!離婚したけど…】 【へー、離婚したんだ】 【また、再婚してるみたいだけど】 【そっか】 聞きたくないのに、この指は動く。 【まあ、去年付き合って別れたんだよ】 【まりもと去年付き合ったんだ。そっか…】 【まりもからSNSにDMがきて!色々話してるうちにまりもと付き合ったんだよな】 俺も去年まりものSNSを初めて見た。まりもは、幸せそうな写真を載せてたから…。結婚生活、うまくいってるんだなーって思っていた。 去年、まりもにDMを送ろうか迷った日があった。付き合いたいとかじゃなくて、俺はまりもとまた話したかったんだと思う。 【そうなんだな。で、春日井さんとはどれくらいいんの?】 【4年】 はっ?僕は、光夫の告白にさらに苛立っていた。春日井さんがいながら、まりもと何で? 【かぶってない?】 【俺の悪いとこが出ちゃってさ!菜穂子と、仕事の都合で遠距離なんだよ!で、寂しくてさ。まりももそれはわかってたよ】 【そっか】 それを分かってて、まりもは光夫といたのか。 光夫は、僕の気持ちを過去の思い出に勝手に変えて話し出す。 その言葉、一つ一つに怒りと悲しみが襲ってくる。 だって、僕は…。 20年前、16歳だった高校一年生の僕の前に現れたのが、佐野真理夏(さのまりか)だった。 あだ名がまりもになったのは、中学の修学旅行先でまりもを買ったと話てきたのがきっかけだったと思う。 僕とまりもは、お互い人見知り同士だった。だけど、僕はまりもとはうまく話せた。そして、まりもも僕にだけは学校の外で会っても話しかけてきた。 僕は、まりもと付き合えると思っていた。だから、まりもに告白した。だけど、あっさり断られてしまった。 あー。もう終わりだ。 そう思ったのに、まりもは僕に対する態度を一つも変えてこなかった。それよりもっと距離が近づいた気がする。 まりもは、学校外で僕を見つけると「ねぇー、君」と僕を呼んできた。 そして、近くに行くと隣に座って話し出すんだ。そしたら、何故かまりもは耳まで真っ赤に顔を染めるんだ。そして、早口で話すんだ。 それが何故かは僕には理解出来なかった。 だって、まりもは僕を振ったから… 僕は、勇気を振り絞ってまりもに二回目の告白した。そしたら、まりもはごめんなさいってまた断ってきた。 今度こそ駄目だと思ったのに、まりもはまた僕に話しかけてくるんだ。 僕は、まりもの気持ちが理解出来なかった。 ブブッて、スマホが震えて視界がスマホにうつった。光夫からのメッセージだった。 【3ヶ月で俺から別れたんだ】 【光夫、凄いな。僕は、まりもに嫌われてたから…】 【りっくん、凄く好きだったもんなー。嫌われてたんじゃなくて、まりもがツンツンしてただけだろ?】 【好きだったね、凄く。そうだっけ?】 この言葉で、光夫が理解してくれる気がした。もう、光夫がまりもの話をしないって信じてた気がした。 それに、まりもはツンツンしていた時なんか一度もなかった。 僕に話しかけてきてくれてた。 一生懸命、まりもらしく精一杯に… まりもの気持ちを知りたかった。 あの日のまりもの気持ちを…。 僕は、卒業する三日前に仲が良かったまりもの友人の速見詩織(はやみしおり)から、連絡が来たんだ。 『明日、りっくんは休みだっけ?』 「うん」 『明日って、雨でしょ?』 「そうだな」 『傘持って、学校に来なよ』 「何で?」 『傘差しながら、まりもと話して帰りなよ』 「何だよ!それ。詩織ちゃん、まりもから何か聞いてるの?」 『聞いてないよ』 「まりも、僕の事なんか言ってるの?」 『だから、知らないって!明日来るんだよ』 そう言って、詩織ちゃんからの電話が切れた。次の日、僕は勇気がわかなくて…。 まりもに会いに行けなかった。 詩織ちゃんからは、何で来なかったの?って聞かれたから…。 僕は、怖かったとだけ言ったんだ。 多分、物凄く臆病だったんだ。 まりもと二人で話したら、また告白しちゃいそうで…。 気持ちを伝えて、またごめんなさいって言われたくなかったんだ。 まりもとの関係を壊したくなかったんだ。 だけど、実際は卒業と共にまりもとの関係は終わっていった。 まりもと僕は、家が近かったから… 連絡先の交換はしていなかった。 縁が切れたら会わなくなるもんだな。 僕は、まりもといつの間にか全く会わなくなったんだ。 僕は、誰かに恋をして、付き合って、振られたらまりもを思い出して泣いてを繰り返していた。 ようやく、まりもを忘れられたのは、花未に出会ってからだった。 だから、僕の中では、まだまりもは過去と呼ぶには浅すぎる傷だった。 【そうだよ!彼女は、凄く俺を好きって言ってくれたんだけどさ。俺が菜穂子にバレたくなくて別れたんだ】 光夫からのメッセージに、胸の奥の深い深い場所に大切にしまっていた宝箱が割れた気がした。 時々、取り出してはニコニコしながら思い出したまりもとの日々が…。 ぐしゃぐしゃと踏み潰されていくのを感じていた。 ザワザワして、胸が苦しい。 【春日井さんがいるなら、駄目だろ?】 【わかってるけどさ。寂しくてさ!エッチしたい日があるんだよ】 その言葉に、まりもと寝たのがわかった。 僕は、まりもとそうなりたかった。 まりもは、光夫にどんな風に抱かれたの? まりもは、光夫に…。 僕は、聞かなかった。 いや、聞けなかった。 もう、これ以上、僕の中のまりもを汚したくなかった。 今さらどうにかなりたかったわけじゃない。 僕は、まりもがずっと好きだったんだ。 それは、花未への好きと違うもの それは、大切な宝箱にしまわれていたんだ。 飲もうとしたコーヒーに涙が吸い込まれていく。 【寝るわ!おやすみ】 光夫からのメッセージを見て安堵した。 胸にあるざわめきが、ずっと拭えなくて苦しくて、僕は気づいたら正樹(まさき)にメッセージを送っていた。 今までの話を正樹にした。 正樹は、【今すぐりっくんとこに飛んでって話を聞いてやりたい。だけど、ごめんな。無理で】と言ってくれた。 僕は、その正樹の気持ちだけで充分だった。 正樹に色々と話を聞いてもらった。 正樹のお陰で、気づいたら胸のザワザワが静まっていた。 【わかるよ!りっくんの気持ち。今度、パアーっとしよう】 【そうだな】 僕は、正樹にそう送った。 正樹の言葉で、いつの間にか胸のざわめきが減ったのを感じた。 あの頃のまりもへの想いは消えたわけじゃない。 僕は、胸に手を当てる。 深い深いその場所に、あの時の形のままで残っているんだ。 取り出せば、いつでもあの頃の気持ちが甦ってくる。 それは、鮮やかで! 触れればたちまち僕は、まりもに恋をしていた瞬間に戻るんだ。 僕の(そこ)にあるまりもへの気持ちは、今も真っ白でほんのりピンクの色をつけてる柔らかな積雪みたいなもので…。 それを光夫は、泥だけの靴で踏みつけたのだ。 まりもへの想いが、薄汚れてしまったのを感じる。 それが、抱えているざわめきやモヤモヤの正体なのがわかる。 赤の他人なら、何も思わなかった。 光夫は、あの頃の僕を知っている。 そんな光夫が、踏みつけてきたから痛いのがわかる。 本気で、人を好きになったならわかるだろ? 本気で、人を愛したならわかるだろ? 本気だった想いが、過去になんてならないんだ。 光夫なら、わかってくれると思っていた。 今さら、まりもとどうこうしようなんて気持ちはない。 だけど、僕にとって歳を重ねても、まりもへの想いは大切な思い出だったんだ。 それを汚せる権利なんてないんだよ。 まりももまりもだよ。 あの頃は、光夫を苦手だっただろ? それを知ってるから、よけい悲しかったのかな? いや、想い続けたら叶ったんじゃないかって思ったのかな? まりも今だから正直に話すよ! 僕は、まりもと付き合えなくたってまりもの友達でいたかったんだ。 だって、まりもといると僕は僕らしく笑えたんだ。 それと、もう一つ伝えたい事があるんだ。 今でも、まりもへの想いは 深い深い その場所に あの頃のまま 眠ってる。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!