秘密の二人 ~私の一番嫌いな言葉 続編~

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最初に彼のイメージを見たのは何年前だったのか・・・思い出せないくらいに時間が過ぎていた。 あの時に見たイメージを毎日の様に思い出すことや、意識する時間はだんだんと減っていってはいても、自分にとって何かの区切りの様な出来事があるたびに、いつも必ず決まって頭に浮かんでくる。 それは一年が始まる日だったり、一つ年を重ねる誕生日だったり、 どこか普段は行かないような場所に出かけてふと自分のことを顧みたり、心を動かされるような人や素敵な物に出会った時に、そして何か新しい思いつきや挑戦を始めると決めた日などにも、すっとあの時味わった想いのエネルギーが流れてきてあの感覚が蘇ってくる。 そうすると、しばらくの間、彼の事を忘れていたような気がする自分が情けなく頼りなく、なにか彼に対して後ろめたい様な気持ちにすらなるのだった。 それでもやはりどこか心の奥底では、きっと彼を見つける手掛かりが何か見つかるはず・・・、きっと出会うチャンスがあるはずと信じている自分がいるのだ。 そのイメージが下りてきたのは突然の事だった。 その日は久しぶりにあのイメージの続きがみたいと静かに目を閉じた。 そういったことはもう何度も試して来て、大抵はあまり関係ないことを思い出したり、何の映像も浮かばずに眠ってしまうことが殆どだったので、今回も強く期待はしていなかったけれど、その日は先入観を持たずに、ただ彼についてもっと知りたい、また別の情報を見てみたい、とまっすぐな気持ちで強くそう思いながらゆっくりとした呼吸と共に目をつむった。 身体から力を抜き、少しずつゆったりした呼吸になっていき、呼吸や身体のことすら気にならなくなって何も思い浮かばないような状態になった後に、そのイメージはやってきた。 最初に見えてきたのは、帽子に上はシャツにベストの様なものを重ねていて、下はズボン姿をしている人物だった。 その子は道を歩いていた。背格好からすると16才くらいだろうか。 その道は今の様なセメントではなく、歩いていると足からゴツッとした硬さが伝わって来るのを感じた。 多分これは石畳かな・・・?私はあまりそういった所を歩いた経験が無いので、足元の感触と歩いている道の景色からそう判断することにした。 それから街の雰囲気からして、そこは少なくとも日本ではなさそうだと感じた。 それに、どうも人物の顔つきや服装からしても日本人には見えなかった。 髪の毛は首より上のボブのような感じで、少し柔らかそうな濃い栗色の髪の毛をしているようだ。そんな風に観察をしている内に、その子が過去に生きていた私のようだと分かった。 石畳の歩いている感触を味わっていたのもその子が自分だったかららしい。 いつも不思議だけれど、外見や喋り方も違っていても、見ているイメージの中の人物のどれが自分なのかはしばらくすると分かってくる。 その子の柔らかそうな栗色の髪の毛を見て、今の私はしっかりした髪で真っ黒だから、彼の綺麗な色と柔らかそうな髪をちょっと羨ましいと思ってしまった。 そのイメージに慣れるまでしばらくの間が必要だった。 なんだかそわそわ落ち着かない気持ちでイメージを見ていた。 いつもこの手のイメージや夢を見る時にはその感覚に馴染むまである程度の時間が必要になることが殆どだけれど、どうもそのイメージには無意識のレベルでいつもと違う違和感を感じていたようだ。 映像としては、はっきりと見えているのに、なにかがおかしいという感覚があった。 まるで自分の前に透明の物体が置かれていて、そこにあるのがわかっているから当たり前の様に触ろうとするけれど手を伸ばしてもなぜか触れられない・・・そこに確かに何かあるのが感じられるのに触ることができない様な、そんな不思議な感じの違和感であり抵抗感のようなものだった。 その抵抗感は何なのかを知るために、しばらくそのまま時間をかけてそのイメージに馴染もうとした。 気持ちを落ちつけようとしながら、ぼんやりと、ただ情報をのみをありのまま受け取ろうとしてみると、その違和感のその理由が分かってきた。 それはイメージの中の私が短い髪のズボン姿で、外見からそのまま見るとどこから見ても男性の姿に見えるということ。 そのことが自分の中でしっくりとこないような感覚を生じさせていたのだと分かった。 私が見ようとしていたイメージは、自分と以前見た夢の中の相手に関する情報だったので、あの夢が過去世であるとしても、当たり前のようにその時と同じように「自分は女で、相手は男」だろうという前提が頭にあったのだ。 なので自分が男性の姿として登場したことに少し驚いてしまったようだった。 それが分かった後でも、しばらくの間は、このイメージが何か別の物を見た記憶から来ていたり、自分が勝手に作り出したものなんじゃないだろうかと、どうもしっくりこない気持ちになって、その納得しきらないでいる心をなだめるのに少しの時間が必要になった程だった。 しかし大抵は意識してイメージを探った場合、意図したものと内容の繋がりや意味があるものが多いので、そのままなんとか動揺している自分の心をなだめつつ、なるべく落ち着いた状態になるよう整えながら、その後も目覚めてしまうことなくその先を見続けるよう意識をまた深くしていった。 するとやはり先ほど見た男性の姿は、やはり自分自身だと感じられた。 それでもまだすっきりしない謎の違和感があった。 なんだろう? その理由が知りたくて、彼の様子を見続けているとなんだか落ち着かずにドキドキしてきた。 そしてその人と同化するような感覚でいると、そのイメージの中の彼がなんだか「ドキドキ」だけでなく、「そわそわ」周囲の人間を気にしている様な感じも次第に感じられてきたのだった。 彼のドキドキや他人のことを怖がるような気持ちが伝わってくるので、見ている私もそれを一緒に感じ始めて、どうも落ち着かなくなってくる。 これは一体どういうことなんだろうと不安を感じながら彼を見ていると、後ろからいきなり誰かに思い切り肩を抱かれて声を掛けられた。 名前を呼ばれて(何という名前を呼ばれたのかは、残念ながらよく分からなかったけれど)多分それはいつもしているような雰囲気で挨拶をされる。 その男性は夢の中の自分よりも背の高い人物で、同僚か仲間の様だった。 その彼の姿は、はっきりと覚えていないけれど、私よりも黒い髪をしていて、過去世の私よりは頭の何個か分位は背が高く、骨格は男性のがっしりした感じがあったけれど、ものすごく大きかったり圧迫感がある感じではなく、しっかりした身体の印象は馬車の仕事をしているので筋肉もついているからだろう。 そして気さくな感じで柔らかで優しい印象があって、それが身体の印象を和らげている様だに感じた。 いつも一緒にいる知り合いなのかな・・・と様子を見ていると、胸がじわっと温かくなっているのを感じられた。相手に対してほとんど全て心を許している、そんな、なんともいえない柔らかくて温かい感情が私の中になだれ込んできた。 こんな風に相手に安心感を持てる相手との関係を、今の私は誰かと持てているだろうか?そう思えるほどのその感覚に私は少し驚いてしまった。 それにしてもさっきのドキドキと後ろめたさは男性同士の付き合いで、仲が良すぎるからなのだろうか? 単純に友人関係で私が一方的に相手に恋愛感情を持っているとか、そういうことなんだろうか。それでそんな風に感じているのか。 それとも、お互いが想い合っている関係だったりするのだろうか。 いつの時代であろうとも、そういうことがあってもおかしくはないんだろうけれど・・・。 どちらにしても今の私の頭では考えつかない様な思いもよらない展開だったので、イメージを見ている私自身もなんだか心拍数が上がっているのが分かった。こっちの私もドキドキしすぎて正直な所辛いと感じるほどで勘弁して欲しいと思いながらも、それがなぜなのか把握するまでは目を開けずになんとか持ちこたえてこの先の展開を見続けようとした。 もし恋愛関係だとしたら昔ならば男性同士では大変だったのだろうし・・・それならば知られることへの不安や、関係を隠そうと意識したり、後ろめたく感じるのは当たり前かもしれない・・・。 そうなのかな?そう考えたら良いのかもしれない。 そう考えをまとめようとしながら、過去世の私であるらしい、その彼の感覚に意識を当てて集中してみると、またその子の何かをとても怖れている、その気持ちが伝わってきた。 それはその挨拶をしてきた親しそうな男性に対する恐れというよりは、自分の中に抱え込んでいることに対するものに対しての様に感じられた。 私はそこに違和感を感じて、また心を静めてイメージの中の自分の心を読み取ろうとしていった。 いつもイメージを見る時にはつい先を急いでしまう。 知りたいという気持ちが強すぎたり、今の私とは違う自分を見るからなのか 今の自分の先入観があり過ぎるせいもあるのかなと注意するようにしていても またつい先走ってしまったようだ。 それでも今は違和感を感じたり急ぎ過ぎたら、頭だけの考察はやめて、感じる事にだけ集中するように意識することができるようになったので、以前の自分に比べたら多分勝手に解釈したり間違った結論をすぐ導き出してしまう様なことは避けられているように思うけど。 以前より慎重になったのだ。大事な事こそ冷静に、集中して、そしてリラックスすることすら時には必要だとこれまでの経験で理解できたから。 イメージの中の過去世の私であると思われる彼は、馬車に関する仕事をしているようだったが、実際に馬車に乗っている感じはせず、もしかしたら馬車の予約や仕事の管理、馬の管理などをしているのかもしれない。 その声をかけてきた男性は馬車に乗っているのかもしれない。 なんとなくそんな風に感じられた。 はっきりとはわからなかったけれど、同じ職場で一緒に働いている、そんな様子も見えてきた。 私はその男性と昼食を食べようと、(いつも彼と一緒に食べているような、そんな感覚があった)彼と今日の仕事の様子の話をしながら石畳を歩いて行く。やっぱり石畳のようだ、歩いて行くのを見てそう感じた。 ここはどこなんだろう?ヨーロッパとかだろうか・・・。 そこで一度集中が途切れてしまった。 やはり外見からしたら私が男に見えて、動揺した気持ちもあったのか客観的に見るのが難しかったのかもしれない。 イメージを見ている内に、それでもあることに気が付いた。 あのドキドキして何かを恐れる感じはどこから来ているのかが、一緒にいる男性といるうちに分かったからだ。 あの男性の格好をしている私は、何か後ろめたく思って誰にも知られてはいけない秘密を隠そうとしている様な感覚が伝わってきて、一体それが何なのか知りたいと、先回りして考えようとする頭の押しとどめてただ心を落ち着かせて、イメージの中の私の気持ちを感じるようにと集中しているうちに分かったのは・・・身体の、ある感覚だった。 今の私だから分かったこと、同じ感覚を持っていることが分かって・・・ つまり彼は男性の格好をしているが、中身は女性だということだった。 身体の感覚が女性だと、今も女性として産まれて生きている自分には男装をしていても本当は女性だということが分かった。 色んな可能性を考えても消えなかった違和感は、そのせいだったらしい。 男性の中で女性が男装をして働いているなんて、そんな秘密を抱えていれば、 それこそそわそわ落ち着かなかったり、怖がったり、こそこそした雰囲気になっても何らおかしくないわけだ。 それにしても男装をしていても通用するなんて・・・と思いつつ、彼を見ていると、背は高くなく筋肉も男性ほどにはなく骨格もがっしりとはしていないけれど、いわゆる女性的なふくよかさはあまりなく、今と違って服もぴったりとしたデザインでもないし、ベストも着ていたりするので男だと思い込んでいれば、少し細身で背も高くない男性、多分18才前後くらいに見えるのであまり疑われずに済んだのかもしれない。 そんな風に思いながら、イメージを見続けていると、 一緒にいた男性の事が気になって、やはりこの人は特別な人らしいと感じてくる。そして、こんな風に自然と体に触れて来るこの人は、男装している私が女だと知っているんじゃないか・・・? そんな気すらしてきた。 そして場面が変わって、縦長の建物の住居の多分自分の家であろう部屋の二階から窓を開け、気分もとても良さそうだ。 下をのぞいて道行く人や街の様子を眺めている。 私は家族と一緒に住んでいる様で、階下からは母親と多分妹かだろうか? 食事だと呼ぶ声がしてくる。 またあの男性が玄関の辺りにいて、私は彼に一緒に食べようと誘い、皆で食事をしている。 さっき窓から機嫌良さそうに外を眺めていたのは、もしかしたら彼が通るのを待っていたからだろうか・・・。 食事を共にするのはいつものことのようで、彼は家族とも馴染んでいるようだ。まるで家族の一員の様に私の家族は彼と接していた。 そのあとバッとイメージが変わり、その光景を見てびっくりした。 二階の部屋にあるベッドの上に私はいて、そしてその私の後ろに私を抱きかかえている彼がいた。 まだ夕暮れには遠い、柔らかく温かい陽ざしを感じる午後の穏やかなひと時、 私達はベッドの上にいて、肌を重ねていたのだった。 その光景を見る私は客観的に見ていたので、なんだか思いがけず覗き見てしまったような気持ちで慌ててしまった。 予兆もないこの光景に見ている自分の心拍数が思いきり上がるのが分かった。 やっぱり続きを見るのはやめようか…と思ったが、映像が止む気配もないし、これに意味があることだったらと思うと気になって、なんとか客観的に映画を観るようなつもりになろう。そう動揺している自分に言い聞かせながら、なるべく冷静にそれを見続けることにした。 彼は私が今まで経験したことがないような熱量を感じる愛し方をしていて、それが私を驚かせた。 そして二人はひと心地つくと、彼は首筋になめらかなキスをいくつかゆっくりしながら、たわいもないことを話しながら過去の私のことを柔らかく抱きしめていた。 こんな風な愛し方があるのか・・・なんだか知らない相手なのに初めての感覚に私が持っている警戒心がすべて失われてしまって、力が抜けるようで、 そして今までの恋愛では知らなかった穏やかで満たされて安らかな気持ちになった。 確かこの子は家族と一緒に住んでいるはずだけど・・・と心配になる私をよそに、2人はのんびりベッドの上で午後を過ごしていた。 多分家族が家にいないことは分かっていたようで、母や妹はいつも用事で外出しているようだ。 私は軽く服を着て、窓の側へ行ってまた外を眺めている。 穏やかな午後をいつもの様に過ごし、彼がここに居ることが当たり前のように感じて幸せを感じているようだ。 ここから見る風景がとても好きらしい。いつもする習慣のようで、とても心が落ち着いて穏やかだ。 それからしばらく窓辺にいるとなんだか恐れの感情が湧いてきた。 それはいずれ自分の正体が知られてしまうことを恐れているからか、それともそうなることをこのイメージを見ている私は知っていたのかもしれない。 その先がどうなるのか、不幸でなければいいが、きっとこの時のままではいられなくなったかもしれない・・・そんな風に思ったけれど、ここで映像は終わって、続きは見られなかった。 これが本当に私なんだろうか?私はこれまで感じたことのない感覚や感情、愛情の経験を私は夢を通して知ることになった。 今でも本当だろうかと思いつつも、思い出すとなんだか恥ずかしく照れくさく 優しい気持ちになる。知らないはずの感覚、感情、感触・・・経験がなければ分からないはずのものばかりなのに。 少なくとも今世の私では覚えがない経験のないものばかりのことを、感じるという不思議さ。 それなのに実感が伴うから面白くもあり、戸惑いもありながらも今まで知らなった幸せを感じる。 イメージを見た後に、本当に男装した女性なんているのだろうかと疑問に思った。もしかして私の想像力から生まれたものではないかと疑う気持ちもあって、調べてみることにした。 すると実際に軍隊に入隊しようとした女性や、男装して働いた女性の存在はあったようで、資料に残されているものもあるということが分かった。 本当にあったんだ。そう思いながらも、やっぱりと言う気持ちもあった。 知らない事だったけれど、きっと本当だとなぜかそう思う気持ちがあったのだ。 昔は女性が働く場所が限られていて、家の事情や経済的な理由で男装して働くという事例があったらしい。 そういえば私が見たこのイメージの彼女も、家族は女性しかおらず、 父親らしき人物はいなかったので、彼女が代わりに男装することで家の生活を支えていたのかもしれない。 一緒にいた彼はどういう関係なのかは、はっきりとはわからなかったが、 私がこのイメージを見たいと願った理由があの彼とのことを探る為だったから この彼があの夢の彼の別の姿だったのだろうかと思うようになった。 確かにイメージの中の彼に対する感覚は特別の愛情や愛着を感じるものだったから。 この続きを見てみたいと挑戦しているけれど、今の所見ることはできていない。 男装した彼女がこの先も無事でいられたのか、それとも女性として暮らして彼と結ばれて家族と幸せに過せたのだろうか・・・。 でも、それはこれ以上今の私には必要ない情報なのかもしれない。 私に必要なのは、この二人がどんな結末になったのかを知ることではなく、私と彼との関係性や彼について知ることなのだとしたら、この先はもう見なくても良いということなのかも・・・だから見ることがないのかもしれない。 最初から終わりまで思いがけない展開で、このイメージを見てもうしばらく経ってから思い出しても面白くてドキドキしている。 そしてこの二人の愛情関係が温かく穏やかで幸せな関係であったのを見ている私は感じられて、思い出すと自分も温かい気持ちになる。 このイメージも最初の夢と同じように彼と出会うための力になってくれたらと願いながら、また新たなイメージを見れますように・・・そして彼との待ち合わせが近づいていますようにと祈りながら、今日もまた私は一日を過ごすのです。
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