「ありがとう」という言葉

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「兄や姉からは嫌われていたが、オレは兄たちが嫌いではなかったよ。兄の誰かが皇帝となったら、オレは僻地に土地だけもらって、のんびり生きていこうと思っていた。兄の邪魔になりたくなかったからな。だが……」  雷烈の表情から、すっと笑みが消えた。 「兄たちが病や事故で死んでしまったのだ。不幸の連鎖のようだったよ。父は息子たちの悲報に嘆き悲しみ、病で倒れてしまった。亡くなる寸前、最後の息子となったオレに、『庸国と民を守る良き皇帝となれ』と言い遺して天に召された」  雷烈は皇帝になるつもりはなかったのだ。様々な事情が重なり、皇帝に即位することとなってしまった。 「家臣どもが影でオレをなんと噂しているか、知っているか?」  星は静かに首を横に振る。  雷烈は天を仰ぎ、ささやくように告げた。 「帝位に就くために、兄たちを順に殺した極悪非道な鬼皇帝だとさ。オレは企んだことはないし、そんな証拠もないがな」  不幸にも兄たちが亡くなり、末の皇子が皇帝となった。好き勝手に噂話を楽しむには、ちょうどよい設定だったのだろう。 「ひどいです……。陛下はなりたくて皇帝になられたわけではないのに」  星の目から見た雷烈という男は、自らの欲望のために人を、ましてや身内を殺す人間のようには思えなかった。立場や境遇は違えど、雷烈もまた星と同じように兄を大事に思っていたのだから。 「噂話を信じる奴らは、好きに言わせておけばいい。非情な男と思われていたほうが、家臣どもになめられなくてすむしな」  自分のことを悪く言う者たちを責めることなく、むしろ前向きに捉える。雷烈は豪胆無比な男だった。 「そんなわけでオレは皇帝として、この国と民を守っていかねばならない。そのためには鬼の力がこれ以上覚醒されては困る。これからも封印を頼むぞ、星」 「はい、承りました」 (雷烈様のお力に、少しでもなれたら嬉しい)  互いの目的のためとはいえ、星は雷烈という男を支えていける喜びを感じていた。 「今晩はゆっくり休むがいい。明日はオレと共に後宮へ入ってもらうぞ」 「え、後宮に妖が現れるというのは、本当の話だったのですか?」  星を庸国に呼んだ本当の目的は、雷烈に眠る鬼の力の封印であり、後宮内の妖の話は偽りだと思っていたのだ。 「嘘を言ってどうする。後宮内の妃や女官がおそろしい姿をした妖を見た直後に倒れてしまうのだ。オレが鬼の力で探ればいいだろうが、より一層力が強まっても困る。だから星に調べてほしいのだ」 「わかりました。調べさせていただきます」 「あとこれは推測だが、後宮内の妖と星の仇は何か関係があるのかもしれん。時期が重なるのだ。星の兄が殺されたすぐ後に、庸国の後宮で妖が騒がれるようになった。後宮は閉ざされた場所だし、秘密を隠すには適した場所だからな」 「後宮に兄の仇がいるのかもしれないと……?」 「その可能性があるかもしれない、という話だ。決して早まった行動はするなよ。後宮では必ずオレの近くにいろ」 「はい……」  気遣いは嬉しいが、星としては一刻も早く仇を討ちたかった。 「ともあれ、今晩はもう寝よう。オレはおまえの寝台で休むから、星はそこで寝るといい」 「ええっ! いえ、逆がいいです。私は自分の寝台で寝ます、そうさせてください!」  皇帝のために用意された絢爛豪華な寝台で一晩休むなんて、とんでもない話だ。 「そうか? まぁどちらでもかわまん。では交代して休もう」  星が雷烈の寝台から飛び降りると、雷烈はすぐに腰を下ろし、ごろんと横になってしまった。 「では寝る」  と言ったかと思うと、すやすやと眠り始めてしまった。 「寝るの早っ」  思わず呟いてしまった星だったが、すでに雷烈の耳には届いていない様子だった。 「なんだかいろいろありすぎて疲れちゃった。私も早く休ませてもらおう」  安らかな雷烈の寝顔を見ていたら、星にも強烈な睡魔が襲い始めていた。眠気に耐えながら、ふらふらと移動し、ころりと横たわった。 「明日もまたがんばろ……」  優を失ったときは絶望しか残らなかったのに、今は明日への希望を感じ始めている。それがなぜなのかは、今の星にはわからなかった。
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