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静けさの中で 供養
未知は志保に頼まれた通り、桐の箱を神の池に石の錘をつけて沈めた。
その時池の面にさざ波が立ったので、山路が「ヒヤッ!」と叫び声をあげた。
「確かに受け取ったというしるしなんでしょうかね」
山路は通販で買ったと言って、30センチほどの小さな石の地蔵を持参した。丸い柔和な地蔵の顔を眺めていると、心が平穏になる気がした。
未知は礼を言って、それを志保の供養のために池の脇に置いた。
一段落ついたということで、山路が独り言のようにしゃべり始めた。
「志保さんのこの世の最後に未知さんが立ち会ったっていうのは、神のはからいでしょうね。シンジと出会ったことも、きっと天の贈り物だったと思いますよ。
ところで、シンジって音で聞いた表記でしょうけど、本当は漢字ですよね。志保さんの手記の中のスケッチによると、国民服みたいなのを着てますけど、正体は何だったんでしょう。戦死者の亡霊ってことはないですよね。志保さんの数奇な生涯を思うと……」
山路の話を遮るように、未知が言葉をはさんだ。
「あの、すみませんけど、ちょっと一人にしてもらえます?」
未知の気持ちを察した礁が、山路の腕に手をかけて言った。
「じゃ、僕たち車のところで待ってます」
神の池のほとりに一人で佇み、未知は目を閉じて瞑想した。
最後の住人の志保が逝き、長年住んでいた家はその使命を終えたように崩れ去った。
その家の茅葺の屋根も土の壁も木の柱や梁も、すべては自然に還っていくだろう。
そして、山奥にひっそり生きた志保の人生は悠久の時に存在する山々に記憶され、こだまや風の音に語り継がれていくだろう。
時が過ぎていく音が聞こえるような静けさの中、未知の脳裏には、山桜や紅葉、それに短く燃えた恋の熾火が盛り込まれた志保の人生の絵巻が、夢幻のごとく繰り広げられていった。
(了)
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