マスターのモノローグ

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マスターのモノローグ

 ──昭和の終わりの頃でしたかねぇ、私はバーテンダーになる修行をしてあちこちのBARで雇われていました。  いつか自分の店を持つという夢を持っていて、それを語れるお客様と意気投合し、スポンサーとなってもらい初めてのお店を持った頃です。  三十になったばかりでしたかねぇ、意気揚々としていると、ひとりの男のお客様が入ってきました。  歳は私と一緒くらいで第一印象は、あ、こりゃモテるな、と思うほどのハンサムでした。今ならイケメンですかね。とにかくいい男でしたよ。  着ているスーツも上等で、ずいぶんとサマになっている。ひと目でオーダーメードだと分かりました。  ですが、髪は少し乱れていて顔には憂いが漂っていましたね。それがまた男っぷりを上げているものだから、ハンサムは何をやっても絵になるなと心のなかで呟きました。 「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」  その日は不漁でしてね、閉店間近ではじめてのお客様でした。  カウンターの真ん中の席へ案内すると、コースターを置き、注文を尋ねるとシングルモルトウイスキーの水割りを頼まれました。水割りだって立派なカクテルですよ。  私はお客様の雰囲気にあった銘柄を選ぶと、コリンズグラスにシングルで作り、お出ししました。 「ありがとう」 お客様はそう言ってくれましたが、まったく手をつけず、カウンターにうつ伏せになりそうな姿勢で心ここにあらずという感じでした。  グラスが汗をかくまで待ってましたが手をつけられません。思いあまって飲まれないんですかと声をかけたら、ようやく気がついた感じでグラスを手にすると一気に飲み干し、もう一杯と言われました。  しかし、あのような状態ではお出ししても美味しくはないでしょう。バーテンダーは心の医者と胸の中で唱えると、なにか悩み事でもと話しかけました。 「まあね」 「女性関係ですか」 「わかるかい」 「ええ、とてもモテそうですから」 「ああ、モテるよ」  嫌味でも自慢でもなく、そうであることを自覚して受け入れてる、そんな感じの言葉でした。  それからしばらく待っていると、お客様が静かに語り始めました。 「……妻が死んだんだ。大学のときに知り合った同期で、卒業とともに結婚した。幸せな新婚生活だったけどある日クルマに轢き逃げされてね、即死だった」 「それはお気の毒に……、犯人は捕まったのですか」 「いや、まだだ」  少し奇妙な感じがしました。なぜなら時系列が合わない。大学卒業後に結婚して新婚の頃というのなら、二十五歳前後のはず。なのにお客様は三十くらい、おかしいなと思いましたが、すぐに理由が分かりました。 「……それが最初の妻の最後だったんだ」
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