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イベントから数日後。
今日は朝から雨が降っていて、夕方になっても、窓ガラスに当たる音がそれとなく不快だ。こういうのが好きって人もいるけど、私は嫌い。何が良いんだかさっぱりわからん。
本が戻ってきたから通販を開始したけれど、売り上げはゼロ。「本になったら買います」と言ったやつはまだ来ない。本当に買う気あんのかと思ってDMしたらブロックされた。ふざけんな! お前が買うって言ったんだろうが!
「こういう人に買われるよりも、あなたの本を読みたいと思って買ってくれる人の手に渡ったほうが本も嬉しいと思うで」
「うわっ!」
「おっと、驚かせたか。失礼」
上から声がするから顔を上げれば、景壱が天井に足をつけて立っていた。逆さまに立ってるってどうなってんの。コウモリのようにぶら下がっているのではなく、本当にそのまま天井に立っていた。
くるっと、空中で回転して、彼は床におりた。紺碧色の瞳が煌めいて見える。宝石のような瞳だ。ああ、あれだ。あれに似てる。ラピスラズリ。あれと同じ色だ。こいつを召喚する時にも使ったから、何か関係があるのかもしれない。
「そういえば、あれから家にある神様事典見たんだけど、あんたのこと載ってなかったよ」
「そりゃそうやろうね。俺は表立った一柱ではない。陰で動くようなもの。人々に恵みを与え、喉を潤し、智慧を授ける神」
「ふーん」
どうでもいいか。何言ってんのかイミフだし。
タイムラインを眺める。春雨がまた「新刊のお買い上げありがとうございます」って投稿している。しょっちゅう言ってっけど、本当に売れてんの? 意地張ってるだけじゃね? そうは思うけど、春雨のフォロワー達はお迎え報告をしていたから本当に売れているようだ。
私のフォロワーは何で買ってくれねぇんだよ。あんなにも新刊出ることにいいねしてたろうが! 買えよ! お前らが欲しいって言った新刊だろうが!
普段から病み投稿や不幸自慢の多いやつが「死にたい」って投稿してた。またかよ。どうせ死ねないくせにさ。話聞いてほしいだけだろうがよ。
私のスマホ画面を見て景壱は薄ら笑いを浮かべていた。勝手にスマホ見るなよ。常識力ねぇのか!
「あなたのタイムラインは愉快な人で溢れてて飽きへんね」
「何が愉快だっての。不快だよ。いつも死にたい死にたい言ってさ。どうせ死なないんだよこいつ。あとさ、あんたは勝手に私のスマホ見んな」
「はは、それは失礼した。謝ろう。ごめんな。……それで、死にたいと言う子に関してだけれど、それなら注意してあげたほうが良い。他人が不快になることをしているとこの人は知らないのかもしれない。注意して教えてあげることにより、あなたのことを優しい人だと思って慕ってくれるかもしれない。作品の売り上げにつながるかもしれない」
「それもそっか!」
どうせ死ねないんですから、そういう不幸自慢をするのはやめてください。見ていて不快になります。死ぬこともできないんですから、投稿をやめることぐらいできてください。
これで良いかな! 投稿した途端にフォロワーが減った。何で? 私すっごく良いこと言ったじゃん。注意してあげて優しいのに。わかってないやつが多すぎる。
スマホから顔を上げる。景壱はいつの間にか手に先日のタブレット端末を持っていた。前と同じようにそれを指の腹で撫で、何かをつぶやいている。
「ねえ、あんたのせいでフォロワー減ったんだけど!」
「天才というものは理解されがたいものやからね。理解できない人は離れていく。それはそれとして、面白いものを見ることができそう。ククッ、俺もこういうのを久しぶりに見るから、あなたに感謝しよう。ありがとぉ」
「どういたしまして……?」
何に感謝されたかわからないけど、私は天才だと褒められた。そうだよね。神はわかってくれるんだ。私は天才なんだ。
私には理解できない言語で、私の知らない曲を歌いながら、彼はタブレット端末を弄っている。これ自体は、テレビでも見たことあるような機種だ。何処でも手に入るものだと思う。
「親の因果が子に報い、かわいそなのは、この子にござい。五体満足ではあるが、心に少しばかりの不調を感じ、その苦しさを誰かにわかってもらおうとしたが最後。不幸自慢はやめてください。どうせ死ねないんだから。遠回しに突き刺さる『死ね』の言葉のナイフ。鋭利なナイフは心身を切りつけ、止まらない血が心から流れる。体の傷は癒えようとも、心の傷が癒えることはない。ああ、かわいそなのは、この子にござい。これから始まる、彼女の最初にして最後、一世一代奇跡の見世物をお見逃しなく。それでは、準備はできたようだ」
景壱は満面の笑みで画面をこちらに向けた。
そこに映っていたのは、女が、包丁を持ち、涙目で震えている姿だ。
部屋のカーテンは閉められていて、薄暗い。近くのテーブルに置かれたスマホには、私の投稿が表示されていた。しかもその投稿に何か返信を書いてある。
「景壱、この画面ってズームでき――」
私が言い切る前に、画面に赤色が散った。
スマホの上に女の体が倒れてきた。首から血が溢れている。ビクンッ、ビクンッと体が跳ねている。水から出た魚のように似ている。
「ああ。ズームしたいん? ほら、どうぞ」
血まみれの顔をアップにされ、思わずその場に吐いた。気持ち悪い。私はホラーとグロが苦手だってプロフに書いてんだよ! 何見せてくるんだこいつ!
私が床に吐いてるってのに、景壱は笑っている。乾いたようで湿っぽい妙な笑い声が聞こえる。それが頭の中を響いて、更に気持ち悪くなって吐いた。
「吐くほど嬉しかった? それもそうやな。やっと死んでくれたもんな。良かったなぁ。ずっと死ぬ勇気がなくて止まってた子が、あなたの一言に勇気づけられて死ぬことができた。良いことをした。あなたは人を救った。苦界から救いだした。あっはっはっはっは!」
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