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「……実智ちゃんは、食べないの?」
「え……あ、食べるよ」
急に聞かれて望くんの顔を見れば、口の周りにケチャップソースが付いて透明感ある肌に赤い唇が綺麗に映えている。
ウェットティッシュを手に取って差し出そうとしたら、望くんが一瞬考えた後に顔を近付けてくる。
ん? 受け取らないのか? ってか、拭いてってことなの?!
「は、はいっ、口、付いてるから拭いてね」
「……あー、うん」
残念そうな顔をしてあたしの手からウェットティッシュを受け取った望くんは口元を拭いた。
拭いてって、なに今の仕草。可愛過ぎるでしょ。
「変わらないねー、望くん。あの時の可愛いのんちゃんのまま」
思い出して照れてしまったことを悟られない様に笑うけど、望くんはノーコメントで黙々とまたナポリタンを頬張り始めた。
「じゃあ、ご馳走様でした」
その後、特にこれと言った会話もしないまま食べ終えた望くんはため息を溢して玄関へ向かった。その手には何も持っていない。
あれ? ちょっと待ってよ?
大量の荷物はそのままで出て行こうとする望くんを引き留めた。
「ちょっと、この荷物は?」
先ほど持ち込んできたキャリーケースやらバックパックはお世辞でも広いとは言えない部屋の中に堂々と鎮座している。
「置くとこないから、荷物だけは置かせて。俺んちこの前、隣の部屋の人が起こしたボヤで住める状態じゃなくなったから、家ないし。次の住むところ見つかるまででもいいから」
は? え? なにそれ。
眉を目一杯に下げて力なく笑う望くん。
「……むちゃくちゃ可哀想じゃん。
ってか、ほら、昨日の寛人のとこでも行けばいいんじゃ無い?」
昨日も仲良さげにしていたし。
「職場でも家でも上司がいるって考えて見てくださいよ。耐えられなく無いです?」
あたしの提案に呆れるようにため息を吐き出す望くんの目は、軽蔑している様にも見えた。
「……たしかに」
「じゃあ、俺出ていきますから」
「……あ……」
パタンと閉まってしまったドアに、立ち尽くすだけ。なんだかすごく酷いことをしているんじゃないかと罪悪感が募り始める。
でも……仕方ない。うん、きっと当てがあるんだ。
私以外に頼れる彼女の一人や二人いるでしょ。友達とかさ。うん、大丈夫。仕方ないから、荷物だけは置いといてあげよう。邪魔だけど。
気になりつつ、あたしは食器を洗って片付ける。
ー寛人の会社に今年入った新人くんでね、ー
そう言えば、友香がそんなことを言ってたな。大学はどこだったんだろう。こっちに就職して来たってことだよね?まだ上京して間もない感じなのかな?それなのに家が火事とか、頼れる友達がいるならあたしのことなんて探さないんじゃないかな?
もしかして、望くん、最後の砦にあたしを頼って来てくれたんじゃ……。
あー、考え出したらヤバい。気になって仕方がない。
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