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「ごめん。付き合えない」
「なんで?」
え? いや、こっちがなんで? だよ。
「……あたし……三十過ぎてるし」
「うん、知ってる」
「あ、そう……って、え!? 知ってたの?」
「うん、知ってるよ。ちなみに過ぎてるって言っても、三十になったのは先月でしょ? 先月までは同じ二十代だったんだし。気にしないよ?」
いや、あたしが気にする。
って言うか、なぜあたしの誕生日が先月だと知っている?
そっちの方が気になるんだけど。
「ぶはっ! 色々考えすぎだよ! 表情コロコロ変わって可愛いんだけど」
だからさ、天使なの? 君は。笑顔の君の方がよっぽど可愛わよ。
簡単に言わないでほしい、可愛いとか。
たまらずため息を吐き出してしまう。
「……今、彼氏いないんでしょ?」
「いないけど……」
彼氏云々の前にだ。
「歳の差気にしてる?」
うん。そこ、大事じゃない?
「やっと……大人になれたのになぁ」
悲しそうに眉を下げて、拗ねてる様な望くんが可愛い。
「もっかい、していい?」
「は? なにを……」
まただ。避けれたはずなのに。
受け入れちゃってる。
さっきよりも深く、長いキス。
望くんの腕があたしの腰へ絡む。
ほんのりアルコールの味がして、離れていく唇が惜しくなる。
「実智ちゃんち、行ってもいい?」
にこっと、でも、余裕のないようなその笑顔にどうなるかなんて分かっているのに、望くんを家まで連れてきてしまった。
あー、なにやってんだあたし。
ちょっと気のあるふりされて、可愛いとか言われて嬉しくなっちゃってる。
玄関先で望くんがすぐにあたしを抱きしめてきた。勢いでシャツのボタンを外し始めるから、なんとか宥めて今シャワーをあびてもらっている。
シャワーで酔い覚ましてくれないかな。
なんでこんなとこ来てしまったんだって、現実を受け止めて帰ってくれたら、それでいいんだけどな。
静かすぎる部屋に耐えられなくなって、音楽をかけた。
初めて付き合った人の好きだった曲。あの頃は良かったな。好きだと言われて嬉しくて、こんな煩いロックな曲も彼に合わせようと必死に覚えて。気が付いたら、好きなバンドになっていた。
あたしの恋愛とは真逆にこのバンドは右肩上がりに売れていった。
遊び人だった初カレとは、すぐに破局した。
問題はその後に付き合った彼だ。
未練なんてないって自分で思っていても、やっぱりまだたまに思い出してしまう。付き合った年月も長かったから、余計にタチが悪い。
もう、彼と別れてからどのくらい経つんだっけ?
「実智ちゃーんっ、俺のいる空間で他の男のこと考えないでくんない?」
「……!? ちょ、ちゃんと拭いてきてよ!」
髪の毛から滴る水滴をかきあげて、あたしを怒るように見ている望くんに驚いた。
「あれ消して」
怒っているような声と顰めた眉。
「ん? 音楽のこと?」
「そう、消すか違うアーティストにして」
言われるままに、あたしは別のアーティストの曲に変えた。
まぁ、あたしもさっきの曲は色々思い出してイラつくから、変えるのは全然良いんだけど。
なんでそんなに怒っているんだ?
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