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エレベーターに老人と二人きりで乗る。全てに疲れ切ったので自首をする語った後、それきり目をつぶったまま喋らない。私としてはこの犯罪の動機を知りたかったが、聞けるほどの勇気とデリカシーの欠如が足りていなかった。上昇する時間がとても長く感じる。
「呪いですかね」ふいに老人は呟いた。
「貴方がここに来たのも、彼女の死体を発見できたのも偶然とは思えない。まるでこうなるのが必然だったみたいだ」
正直、私も似た感覚を共有していた。誰かのシナリオ通りに動いている。そんな気がする。もちろん人間の感覚など当てにならないものだ。それは歴史が証明している。だからきっと私たちが間違えているのだろう。
「憶測ですが、大体は説明できます」
この話は蛇足であると分かっている。けれど沈黙よりは幾分かましである。
「貴方は犯行が全て終わった後、エレベーターを待っていたのではないですか」
「ええ、その通りです」
「その時、あなたはエレベーターを一度逃してしまった。そのせいでコンピューターが誤作動を起こし私は導かれた。どうでしょう」
苦笑する老人。無理もない。私も屁理屈だと感じている。こればかりは推理の材料が足りない。せいぜい話の間をつなげる役割くらいのものだ。そういえばと老人は疑問を呈した。
「頭が見えたというのは可笑しくありませんか。頭は重いから下に沈む。しゃがんでいない限り頭を見る事は出来ないのでは?」
それについて私は目安がついていた。
「きっと水槽の大きさと死体を入れた順番が関係してるんです」
老人は首をかしげる。もう少し補足が必要らしい。
「水槽は予想外に被害者の体型とぴったり合ったのでしょう。だから死体が煉瓦のように積み重なっていったんですよ」
老人は目を見開いた。思い当たる節があったらしい。
「恐らくですが貴方は最後に被害者の頭を水槽に入れたんじゃないですか。先に入れた身体の部位が土台となって頭を支えた。もっと大胆に言えば足の甲に引っかかったのかもしれない。そのせいで私に頭を見られてしまった」
老人は下を向いている。正解なのか不正解なのか。その真偽が気になるがあまり追及しないでおこう。それは警察がしてくれる。
「やっぱり呪いじゃないですか」老人は静かに笑った。
「水槽をつけてみないかと提案したのは彼女なんですから」
島の空気は素晴らしく清々しい。全てを洗い流してくれるような晴天は私の曇った心を少しばかり軽くしてくれた。老人は島の交番に行き、暫くして警官に連れていかれた。最初は信じなかった警官も、私たちの残した血の靴跡と靴の裏を見て血相を変えた。多分これからもっと真っ青になるだろう。私もこれから職務質問を受けることになっている。それが終わり次第、島を観光したい。願わくば賑やかな人込みに紛れ込もう。あの冷たい深海の静けさを忘れる為に。
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