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転生した世界は、かつて自分が過ごした過去と変わりなかった。
びしょ濡れのサクラと共に神殿に戻れば、神殿の者たちはサクラのみを心配し、リリーに対しては無関心か嫌悪の視線を浴びせる。しかしリリーにそれを嘆く資格はない。自分は日頃から周囲の者に冷たくあたり、彼らが愛するサクラにとりわけ酷く接してきたのだから、疎まれて当然なのだ。
血の繋がらない妹のサクラは、彼女がまだ幼い頃に街外れで魔物に襲われていたところを、魔物討伐に出ていたリリーの父親が救助し連れ帰った娘だった。
大いなる神殿長の実の娘でありながら少しの力も持たないリリーとは違い、サクラは彼の本当の娘のように、否それ以上に、大きな力を有していた。聖なる力はその者の血肉に宿るという。それ故に、サクラの力を奪おうとしていた魔物に、彼女はずっと狙われ続けていた。(彼女が成長し力を使いこなすようになってからは、どんな魔物も彼女には敵わなかったが)
リリーと初めて出会った時のサクラは、魔物に襲われた衝撃でそれまでの記憶を失っているという、ドラマティックな背景をもった悲劇のヒロインだった。もうこの時点で、この物語の主人公は彼女であったと気付くべきだったのだろう。
サクラは神殿長に養子として迎え入れられ、リリーの二つ年下の妹になった。
遠い東の国の血を引いているのだろうサクラは、この国の人々とは違った独特な容姿で、人々の目を惹きつけた。その薄く涼やかな顔立ちには、大人びた雰囲気と幼いあどけなさが不思議と共存している。神秘的な黒髪は風の魔法でも身に纏っているように、いつもサラサラ靡いており、黒い瞳は全ての色を集めたかのように、どんな色の宝石よりも輝いていた。白い肌に浮かぶ香るような桃色は、男でも女でも一度は触れてみたいと思うだろう。
老若男女問わず、誰もが振り返り、見惚れる、愛されるべき少女。
そんなサクラに対してリリーは、寂れて暗い印象の少女だった。白い髪は老婆のように生気を感じさせず、彫りの深い顔立ちは影を目立たせ、独特の迫力をもって人々を遠ざけていた。
神にも人にも愛されなかったリリーと、全ての愛を一身に受けるサクラ。リリーはかつての自分が捻じ曲がり、悲惨な結末に至ってしまったのは、サクラの存在が原因だったと思っている。そう、彼女の存在に囚われた自分のせいなのだ。彼女への嫉妬心から逃れられなければ、自分はあの運命からも逃れられない。
もう今生では、決してサクラを羨まない。憎まない。
彼女に囚われるのはやめようと、心に誓った。
そう決めてからの日々は、信じられない程に穏やかだった。
サクラを視界に映さないように心掛けると、自分は無力で無価値な人間だとあんなにも卑屈だった心が上向き、一般的な仕事くらいは出来るまあまあな女だったのだと気付くことができた。
神殿の雑用を買って出るようになると、初めは不審そうにしていた神殿の者たちも、少しずつ対応が和らいでくる。それでも厄介者、腫物扱いの域を出なかったが、期待しているから傷つくだけで、期待を抱かなければ特段何かを感じることはなかった。
リリーは、前世では一年後に訪れた“最期の日”を、いかに平穏無事に迎えるかばかりを考えて日々を過ごしていた。
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