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あたしは旧校舎の屋上でラブレターを書いている。宛て名はない。なのに「あなたがずっと好きでした」なんて、うそを書いてみる。
三角座りして太腿を机のかわりにして。下敷きにつかっている世界史Bの教科書は、きっと初めて役に立ったと思う。こんなの学んだって意味がない。「賢者は歴史から学ぶ」なんて言われても「なにそれ、だから?」って感じ。あたし、ドイツ人じゃないし。他人の経験なんて参考にならない。
ルーズリーフの空白を埋めるように想いを込めていく。架空の愛をしたためていく。のどかな青い風に吹きとばされないよう、背中をまるめて。自慢のきれいな髪でラブレターが隠れるように。
きっと、恋をしたいわけじゃない……はず。ただ、だれかに好かれたレスポンスとして、自分を大切にできるような予感はしている。あたしを基底欠損の殻から呼び覚まし、まるで世界中に祝福されうまれた蝶なんだとおしえてくれるような。そういう瞬間のロマンスを願っている。
ちゃんと便箋に書くべきだったかな。今更、そんなふうに思う。あたしはのろくて、不器用なのに頑固で、へんに真面目だった。
なのに、みんなの目から、あたしは別人みたいに映っているのだった。見た目がちょっと派手で、成績は悪くないのに授業をちょいちょいサボる、おまけに取っつきにくいせいで。去年、高校に入学して早々腫れ物のレッテルを貼られてしまった。
べつにいいんだけどね……優等生キャラで売りたいわけじゃないし。流されるのってらくちんだし。余計な口出しをしなければ、不協和音を防げる。むしろ「これが、ほんとうの自分なのかな」って気さえしてくる。
きっと、だからかな。あたしが屋上にいるのは。不良といえば屋上に陣取るという偏見。ちょっと安易? まだ不良若葉マークのあたしにとって、これが精一杯のパフォーマンス。需要なんてない、供給過多のキャラ錬成。
ていうか、そもそも……この私立高校は屋上を開放している。数年まえは花壇がならび、屋上菜園として栄えていたらしい。今は撤去され、砂埃でよごれた殺風景な場所と化している。つまり、ここに来たがるモノ好きはめったにいない。
昔からそう。あたしは努力のベクトルがまちがっているんだ。読書好きでたくさんの小説は読むのに、空気を読む力は致命的に欠如している。
風が冷たくなってきた。真後ろの給水塔にもたれ、そっとため息をこぼす。
あたしって、おかしいのかな。好きな人もいないのに、うそのラブレターを書くって、ふつうじゃないのかな。なんとなくわかる。きっと、へんだって言われちゃうの。どうして理解してもらえないんだろう。人はだれだって無意識にうそをつくのに、顕在的にこしらえたうそは拒絶されちゃうの?
「あたしと付き合ってください」という文で、あたしはラブレターをしめくくる。
「……よし」
きめた。ここで昼休憩が終わるまで待つことにしよう。そして、最初にやってきた生徒に、このラブレターをわたすことにするんだ。
さっきは、恋をしたいわけじゃないって言ったけど。
あたしの心にひめた敏感なところを優しく触発してくれる人がいるのであれば、付き合ってみたいかなという気持ちも、芽生えてきてる。
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