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「お前は、俺と同じことをするだろうと思っていた」  事情を話し、警察に出頭することを伝えた時、鈴原は電話口でそう言った。 「同じ?」 「ああ。俺の秘密の話だ。俺は昔、愛していた女をこの手で。純粋で、真っ直ぐな女だと思っていたが、実際は違った。俺の父親とできていた。父親の方が本命で、俺は遊びだったらしい。それを聞いて、かっとなってな。それからだ。俺が詐欺に手を染めるようになったのは」 「……そうか。そう、だったのか」  あの時、鈴原の目が自分と同じだとは思ったが、こういう意味でも同じだったのだ。 「俺もそろそろ出頭して、罪を償おうと思う。殺人に加え、詐欺罪だ。お前より俺の方が重罪だ。それでも、もし出られたら」  楓子のことが過ったのかもしれないが、鈴原はそこで言葉を飲み込んだ。そして、どこか晴れやかな声で言った。 「お前とは、またどこかで会う気がする。今から刑務所に行くのにおかしいが、元気で」  そして、二言三言交わし、通話は切れた。  出頭前に鈴原に電話をしようと思ったのは、深い理由があってのことではない。単に、楓子が彼に遅くなることを伝えた時、鈴原の目を思い出してふっと話したくなった。それだけだ。 「木野さんは鈴原に付いていなくていいんですか。鈴原も、今から行くらしいですけど」 「あの人は大丈夫な気がするんです。でも、高藤さんは」 「今にも自殺でもしそうに見えますか」  楓子の台詞を引き継ぐと、彼女はそっと溜息を吐いた。  殺害現場から本当は離れてはいけないのだろうが、真也と楓子は今、一旦落ち着いて話をするために真也の車の中にいた。  あれだけ山の中を彷徨い、歩き回っていた気がしていたが、実際は大した距離がなく、車まで数百メートルほどしか離れていない。霧が晴れてからはゆっくりと日が昇り始め、鳥の囀りがあちらこちらでしている。  ここで何が起こったのか知らずに暢気(のんき)に鳴く鳥の声を聞きながら、言葉を紡いだ。 「木野さん、ここまで来てくれてありがとうございました。あとは、自分一人で大丈夫です。今から警察に連絡をするので、木野さんは帰って下さい」  楓子のキスのおかげで少しずつ正気が戻ってきた、とは口にすることはない。これから楓子は、真也とは関わりのない人生を歩むのだ。 「……」 「木野さん?」  そっと呼びかけると、彼女は唇を噛み、透明な雫を溢した。その涙の理由を敢えて聞くことはない。 「さようなら、高藤さん」  それだけを言い置いて、楓子は車から出て行った。振り返ることもなく歩き去る彼女を少しだけ見送ったが、すぐに正面に向き直ってスマートフォンを操作する。  事務的な警察官の声を聞き、用件を伝える。 「妻を、殺してしまいました。場所は……」  電話を切り、一人きりの車中で警察官を待つ間、思い返したのは朱海を殺した瞬間のことではなく、出会った日の朱海の笑顔だった。 「ごめんなさい。でも、なんだか今の今まで悲しかったのが嘘みたいよ。高藤さんが代わりに泣いてくれたからかもしれない」  あの時に見せた涙は本物だったのかもしれないが、笑顔が偽物だとは思いたくなかった。あの笑顔は、心の底から見せてくれたものだと思っていた。  一緒に過ごした時間の全てが、嘘ではなかったと言ってほしかった。その願いはもう、届かない。  気が付けば、眼前が曇り、滲んだ。半狂乱になりながらも流せなかった涙が、今さら流れ落ち、後から後から溢れ出して止まらない。 「……っ」  朱海、と名前を口にすることも許されない。名前を何度も叫びかけて、唇を噛み、喉奥でくぐもった嗚咽を漏らし、肩を震わせて静かに泣く。泣き出したら止まらなかった。全身の水分が枯れ果てるほどの間そうしていたら、次第にサイレンの音が近付いてくるのを聞いた。  顔を上げると、歪んだ視界の中で、赤いランプを点滅させたパトカーが隣に停まるところを目にする。パトカーから制服を着た警官が二人出てくるのを見て、一つ深呼吸をして車の外に出た。 「あなたが、高藤真也さんですね?」  年配の方の警官が、目つきを鋭くして真也に問いかける。 「はい」 「まずは、その現場へ案内して下さい。事情はこれからお聞きしますので、どうか嘘のないように正直にお願いします」 「はい、分かりました。全てお話します。こちらになります」  道すがら、警官に一つずつ聞かれる質問に答えていく。最初は年齢、職業といったすぐに答えられる質問だったが、次第に答えに詰まるような質問に変わっていった。 「奥さんとは、最近はどんなやり取りをされていましたか」 「朱海……妻とは……」  最近の出来事をどう説明すればいいのか、少し考える時間を要した。楓子のことを話すわけにもいかず、その点だけを省いて、朱海の最近の様子、会話した内容を反芻しながら、ぽつりぽつりと説明していく。 「なるほど。つまり、夫婦仲はそんなによくなかったということですね。しかも、奥さんの朱海さん、でしたか。朱海さんからは精神的な苦痛を受けていたという認識でいいでしょうか」 「……ええ、でも、朱海も心を病んでいて……、いえ、病んでいるふりをしていて、私をずっと騙していたんです」 「なるほど。後で署の方でも詳しくお聞かせいただいてもいいですか」 「はい。あ、着きました」  目的の神社の参道に着くと、ざわりと一つの風が吹いた。あれだけ鳴いていた鳥が、急に黙り込んでいる。 「こちらです」  先に立って歩き、二人の警官を現場に導いていく。その途中、突風が吹き、唸り声のような音を発した。 「真也」  朱海の囁き声が風に混じった気がして、背筋に冷たいものが走る。そして。  朱海の倒れているところに目を向けた。 「朱海……?」  倒れている位置が変わっていたわけではない。だが、先ほどはなかったはずの物があった。それが、彼女の右手の傍に転がっている。 「高藤さん、この瓶はあなたが?」  すぐに気付いた警官が、慎重に近付きながら尋ねてくる。 「い、いいえ。私は、こんな物は。私はただ」  首を、と口にする声が息を吐くように空気に溶ける。 「これがあなたの物じゃないにしろ、確かな証拠がいりますので、後ほどDNA鑑定をさせてもらいます」 「は……い……」 「まだ確かなことは言えませんが、仮定の話をさせてもらっても?」 「……はい」 「あなたが朱海さんの首を絞めたのは事実で、朱海さんがそれで気を失ったのもまた本当だとして。でも、そこで朱海さんが亡くなっていなかったとしたら」  そんな、はずは。 「朱海さんは、恐らくご自身で。もちろん、まだあくまでも私の想像ですけれどね」  とにかく、この後同行お願いしますという警官の言葉が、水の中で聞いているようにくぐもって聞こえた。      警察の取り調べの結果、初めは殺人容疑として収容されたが、後に殺人未遂容疑として処理された。刑が軽くなることは少しも望んでいなかったのもあるが、何よりも疑問が残った。 「あら。そんなの、今さら気付いたの?そうよ、私はあなたと生活しながらも、ずっと隆平を想っていた。そして、いつか隆平が迎えに来てくれると信じていた」 「そんなの決まっているじゃない。あなたを騙すためよ。結婚して、あなたの貯金を少しずつ貰うため。気付いていなかった?私、もう半年か、それ以上はずっと仕事をしていないわ。あなただけ働かせて、お金は私が搾り取っていたの。あなたが私に追い詰められながらも必死に働いている姿、最高だった」 「ああ、その話?そんなの決まっているじゃない。あなたに先に死んでもらって、私は心中したふりして生きるのよ。そろそろ、私もこの生活に飽きてきていたから」  朱海との最後のやり取りが、何度も繰り返し反響した。特に最後の、心中したふりをして生きる、という点においては矛盾している。真也に殺されていなかったのであれば、そのままどこかに逃げ延びればよかったものを、どうしてわざわざ自ら命を絶ったのか。  それとも、と思う。  朱海を殺した犯人は別にいるのだろうか。それもありえないとは言い切れない。なぜなら、朱海は真也以外にも騙していた相手がいたかもしれないのだ。  刑務所で過ごす間、何度も繰り返し朱海のことを考え、正しい答えを探そうとするが、どれも正解なようでまるで違う気がした。  朱海の日記を読み返せば何かが分かるかもしれないとは思ったが、あの日記も遺品として押収されている。脳内で日記の内容を振り返るが、隆平への妄執とも言える言葉ばかりが溢れていて、さらにそのどれもがやけに作り物めいているように感じられた。  眠れない毎日を過ごしながら、たまに浅い眠りに就くと、必ず朱海が登場し、真也に何かを囁く。囁いた言葉は毎回、砂塵となって指先から溢れ落ちた。  そんなある日、ついに手がかりと呼べる情報が真也の元に舞い込んできた。刑務所内で、偶然に鈴原と会ったのだ。 「高藤か?」  味気のない食事を口にしていた時、唐突に見覚えのある男に声をかけられた。髪型はぼさぼさで、無精髭がところどころ生えているが、見間違えようがない。 「鈴原、か?」 「おう。隣、いいか?」 「ああ」  真也の隣の席に腰かけた鈴原は、パンに噛り付きながらもごもごと言った。 「お前、刑期あと少しなんじゃないか?」 「どうして、それを」 「いや、はっきりとは知らないが、刑務所の外で楓子が言っていた。お前は未遂だったんだって。事件についてニュースで見たんだと」 「……」 「なんで難しい顔をしているんだ?人は殺さないに限る。今だから言えることだけどな」  にっと笑って見せる鈴原には、以前のような影がない。空々しいものでもなく、心からの笑顔だった。 「お前も、何か変わったな」  真也が釣られて笑みを浮かべながら返すと、そうかあと間の抜けた返事が返ってくる。鈴原とこういう話ができるようになるとは、思ってもみなかった。 「それで?何を考えていたんだ」  スープを掬いながら問いを繰り返す鈴原に、ずっと疑問に思っていたことを言ってみた。 「お前、朱海はお前と同じみたいに言っていたよな。だったら、朱海のことを俺より知っているんじゃないかって」 「知っているって、何が?」 「いや、朱海が今まで、本当に詐欺を働いていたかどうかとか」 「ああ、それか」  スープを一口飲み込み、鈴原は先を続けた。 「それはまあ、朱海は隆平一筋だったからな。隆平の傍にいたい一心で、という感じだったかな。俺らとは詐欺を働く理由がちょっと違ったというか。まあ、みんなそれぞれ違ったみたいだが。ただ、隆平については俺もよく分からねえな。あいつだけは心底悪人っぽいというか。そんな隆平にはまってしまった上に、同じ悪の道を進むことになった朱海はある意味で、一番の被害者だったのかもしれねえ。もちろん、騙された被害者も哀れではあるが」 「そう、なのか。それは本当なんだな」 「もしかして高藤、詐欺を働いていないと信じていたのか?」 「まあ……ちょっと疑問が残ったからな」 「疑問?……ああ、実はお前に言おうか言うまいか、ずっと迷っていることがあるんだが。どうすっかな」  どこか考え込みながら、真也の顔を見る鈴原。 「朱海のことか?」 「ああ、……まあ、な」 「教えてくれ。俺は朱海のことが知りたいんだ。もういなくなってしまった今からでは遅いというのは分かっている。それでも、俺は本当のことが知りたい」  鈴原の目を睨むように見続けると、根負けしたように鈴原が溜息を吐いた。 「いいか。今から話すことは、かえってお前の負担になるかもしれないが……」 「構わない」  真也の強い意思を感じ取ったのか、それからの鈴原は躊躇うことなく話し始めた。 「朱海に、頼まれたんだ。俺たちが楓子を連れ去ることや、行方をくらます際の手助けをしてほしいと。だから、俺たちは朱海がどこにいるのかや、何をしようとしているのかはだいたい知っていた。ただ、俺は朱海の頼みを聞く代わりに、高藤が俺の秘密を暴いた時は高藤の身の安全は保障しないと言ったし、朱海がなぜそういうことをするのか、本当の理由までは聞いていない。お前と自分のために、最後の詐欺を働くんだとしかな」 「最後の、詐欺を……?俺と、朱海のため……?」 「ああ。俺はお前と隆平が電話した後、隆平から話を聞いて、ちょっと演出が大げさ過ぎないかと思ってしまったけどな。隆平もそう言ってちょっと呆れていた。ほら、朱海の部屋で、お前が見たとかいう赤い花とか、隆平の写真とか。あとは日記か?それはたぶん間違いなく、朱海の最後の詐欺とやらの一環だったに違いない。朱海は嘘を吐くのがうまかったから、きっと最後の最後まで、お前を騙すつもりで演技をしていたんだと俺は思う」  こんなこと言わない約束だったんだがな、と締めくくった鈴原を見て、その向こうに朱海の存在を感じて、そっと胸の内で問いかける。  朱海、お前は一体どうしてそんなことをしたんだと。  朱海が働いた最後の詐欺の真相を考えながら過ごすうちに、あっという間に刑期の終わりが近付いてきた。外に出れば、何か答えを見つけられるかもしれないと、指折りで出所できる日までの日数を数え始める。  この真相を知ったところで、朱海が戻ってくるわけではないと分かっているが、真実を知ることで、これまで肩に伸しかかっていた重石が全て払拭されるかもしれないという予感があった。  その先に何が待ち受けているのか怖くもあるが、また今からでも朱海を真っ直ぐに愛することができるようになるのではないかと、微かな希望がある。  そして、いよいよ出所の日がやってきたのだった。  暦は夏の盛りで、刑務所の門に向かってお辞儀をし、歩き始めると、すぐに額に汗が浮かんだ。瞼(まぶた)に溢れ落ちてきた汗を瞬きで払い、自宅へと向かいかけると、後ろから声をかけられた。 「あの、すみません。高藤真也さんですか?」 振り返ると、半袖のワイシャツに紺のスラックスという服装に、丸眼鏡をかけた柔和な男が立っていた。少し雰囲気が矢木に似ているが、頭に白髪が混じっているのでもう少し年上だろう。 「はい。私は高藤ですけど、どちら様ですか?」 「私は高藤朱海さんの……」  言い淀んでやめた様子に、不審感が増した。 「朱海の、何ですか?」 「ああ、やっぱりその様子では、何も聞かれていないんですね」 「あの、話がよく……」 「ここではなんですし、どこか喫茶店とかで話しませんか?」 「別に、私は立ち話でも……」  男が顎をしゃくった方向を見ると、刑務所の門で警官がこちらを見ていた。何も怪しいことをしているわけではないが、確かにここで話すことでもないだろう。 「分かりました。場所を変えましょう」  頷いて見せると、男は笑みを深めて先に立って歩き始めた。  それから、アスファルトの熱が照り返す道を5分ほど歩いた頃だったか。男が立ち止まり、真也を振り返る。 「この店でいいですか?」  言葉に従って男が言う店を見ると、そこは喫茶moonだった。 「え、あれ?」  思わずそんな声が口から漏れたのも無理はない。喫茶店から刑務所はもう少し離れていた気がするからだ。 「ふふ。近道を通ったんですよ。実は私もここの常連でしてね」  さらに不審感が増した。朱海の知り合いで、この喫茶店の常連ともなれば。  嫌な予感が押し寄せながらも、一方で疑問が生じる。今さらそんな男が真也に会いに来た理由とは一体。 「あの」 「さあ、ここで何か飲みながら話しましょう」  男は強引に決めてしまうと、先に中に入ってしまった。  一体何なんだとやや苛立ちながらも、その後に続いて中に入り、男の向かい側に座る。懐かしささえ感じる寡黙な店員に注文をして、さあ何の話だと男を見ると、男は持っていた鞄から何かを取り出した。 「これは……?」  何かの記録に見えた。それも、どこかの臓器の画像のような物もある。 「朱海さんのカルテです」 「朱海の……?」 「ええ。朱海さんは、末期の癌でした。それも、発見された時にはもう手遅れで、余命も残り僅かだったんです」 「え……?」  すぐには、男の言葉を理解できなかった。男の言葉が反響し、旋回し、ようやく飲み込めた時には、心の中で何かが砕け散る音がした。 「本当……なんですか。あなたは、朱海の」 「主治医です。……いえ、でした。朱海さんはあなたに絶対にこれを隠し通すのだと言っていました。だから、治療は最低限にして、入院は絶対にしないと」 「どう……して、そんな……」 「もう助からないと分かっていたのかもしれませんし、あるいはあなたに負担をかけたくなかったのかもしれません。癌と共に、鬱病のような症状も併発されていましたからね。鬱病の方は治療をされていたみたいですが、死を目の前にしてどんどん酷くなって、薬が効かなくなっていくのが恐ろしいと、朱海さんは言っていました」 「あ……けみ……」  朱海の台詞が、全く違う意味を伴って蘇る。 「私、分からなくなっちゃった。あなたと一緒に行きたいのか、それとも死にたいのか。……ねえ、真也。私が望んだら、一緒に死んでくれる?」  朱海はどんな気持ちで、あの台詞を言っていたのか。本当は怖くて堪らなかったんじゃないのか。 「ごめんなさい。でも、なんだか今の今まで悲しかったのが嘘みたいよ。高藤さんが代わりに泣いてくれたからかもしれない」  あの時朱海が発していた言葉は、笑顔は、嘘ではなかったのだ。嘘のはずがなかった。  部屋中に敷き詰められた赤い花の絨毯に、部屋中至るところに貼られた写真。あれも、どんな思いで準備していたのか。 「あら。そんなの、今さら気付いたの?そうよ、私はあなたと生活しながらも、ずっと隆平を想っていた。そして、いつか隆平が迎えに来てくれると信じていた」  あれも、嘘を本当らしくするための言葉で、本当は。 「そんなの決まっているじゃない。あなたを騙すためよ。結婚して、あなたの貯金を少しずつ貰うため。気付いていなかった?私、もう半年か、それ以上はずっと仕事をしていないわ。あなただけ働かせて、お金は私が搾り取っていたの。あなたが私に追い詰められながらも必死に働いている姿、最高だった」  あれは、病気のせいで仕事ができなくなっていて、お金を搾り取っていたというのは、治療費を。 「ああ、その話?そんなの決まっているじゃない。あなたに先に死んでもらって、私は心中したふりして生きるのよ。そろそろ、私もこの生活に飽きてきていたから」  あの、言葉は。あの言葉を言ったのは、もう生きるのを諦めていたのか、それとも、本当に一緒に死ぬつもりだったのか。 「朱海……」  本当に悲しい時、涙は出ないのだと知った。目はからからに乾いて、それなのに、胸の内が息が詰まるほど苦しくて、吐き出し方が分からない。  この悲しみの行き場が、分からない。 「高藤さん、朱海さんはこんなものを書いていました。自分にもしものことがあったら捨ててほしいと言っていましたが、私はあなたに読んでほしいと思って取っていました」  朱海の主治医だった男が、何かのノートを差し出す。ゆっくりとページを捲ると、たった一言だけ、こう書かれていた。 「真也。私は、あなたをたくさん傷つけるかもしれない。でも、私はあなたを愛している。それだけは本当だから」
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