私は蟻だよ

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 夏の暑さは人をダメにする。いや蟻にしてしまうらしい。次に二人がコンビニに立ち寄ったのもこれ以上その被害を出さないためである。  虫を名乗る君は今日もメロンパンを手に取る。そしてそれを幸せそうに頬張るのも日常風景になっていた。 「凛はほんとにメロンパン好きなんだな。飽きないのか?」 「まじで飽きない。陽太も食べる?」 「いや、いいや。それ前食べたけど俺には甘すぎたよ」 「えー、それがいいのに」  日陰、二人は風に当たりながら流れて去る雲を眺めていた。しばらくそこに会話はは生まれなかったが、その沈黙が気になることはなかった。それほどの仲になれたということだろう。  そして凛がパンを食べ終わる頃に俺は口を開く。 「じゃあ俺も一つ告白するわ。実は俺二週間後東京に引っ越すんだよね」 「え!?ホントに!?」  あまりに唐突な告白だったのか、凛はメロンパンの砂糖がついたままの口で聞き返した。  すこし間をおいて俺は缶ジュースを飲み干し、空いた缶の中で「うん」と答えた。 「なんでもっと早く教えてくれなかったの!?」 「ごめん。なかなか言い出せなくて」  引っ越しの話はかなり前から決まっていた。  俺は正直、今日までで凛とこんなに仲が深まるなんて思ってもいなかった。だからこの話は直前でもいいと考えていた。しかし時間が経つにつれて凛との思い出は積み重なり、気づいたらこの告白で夏休みを台無しにすることを恐れるようになっていた。  凛は空から目線を落とし、しばらく遠くの山を眺めていた。俺もしばらく同じ風景を眺めていたが、今回の沈黙には少しだけ痛みを感じた。  例えるなら蟻に噛まれたぐらいだ。 「だからさ凛、都会について色々教えてくれないか?その蟻の冗談も流行ってるんだろ?」と呟く。  凛はコンビニの日陰から一歩外に出て、口の周りについた砂糖を取ると活気ある声を発した。 「これが冗談なら、引っ越しも冗談になる?」 「なるかもな」 「……じゃあいいよ!ではまず基礎の会話から。私が『私は蟻だよ』って言うから、陽太は『これは驚いた。今日はなんの用で?』と聞き返して」  俺はしばらく様々な感情に襲われたが、少しして安堵の感情が勝る。  そして俺は大股で日陰を飛び出し帰り道を歩く。  それを追いかける様に凛も歩く。 「私は蟻だよ」  さっきまで見ていた空は背景へと変わる。 「これは驚いた。今日はなんの用で?」  さっきまで見ていた山は背景へと変わる。 「恩返しに来たのさ」  残りの二週間もいつも通り過ごそう。そして学校の帰りには自販機で缶ジュースを買って、コンビニにも寄って。それで彼女がメロンパンを頬張る姿を横で見ているだけでいい。 「これ都会の流行りなの?」と俺は笑いながら聞く。 少しだけ、いやかなり馬鹿にした感じで。 「もちろん」  と凛も曇りなく笑った。  都会の学校に行ったら「前の学校では蟻と友達でした!」とでも言おうか。都会では流行りらしいからきっとウケるだろう。じゃなきゃおかしい。 ある田舎の九月上旬だった。
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