私は蟻だよ

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それから一週間は蟻の話で盛り上がった。結構長持ちした方だ。  別れまであと一週間。二人は教室でもうすぐ聞けなくなるセミの声を聞いていた。 「なぁ凛。こないだの蟻ってのはマジで言ってたの?」 「本気だよ!これ知らないとあっちの学校で友達できないよ?」 「本気ねぇ…。じゃあ恩返しに引っ越しを手伝ってくれよ」と俺はにやりと笑った。  そう言う俺の前には、山積みになった教科書が都会を形成していた。夏休み前に全て持って帰ったはずの教科書達の顔が揃っていた。  これも俺のの生活のせいだった。 「げっ!置き勉かよ!これ全部持って帰るの?」  俺は静かに頷くと都会から一つオフィスビルを持ち上げ、蟻の行列の先頭を名乗った。  すると彼女が咄嗟に口を開く。 「あぁーそうだった!その流行り、実は蟻じゃなくてフルーツだったわ!」 「えぇ……。流石に無理あるだろ」  彼女の目の前の教科書の表紙には果物がプリントされている。凛は流石に嘘が下手すぎる。 「そう!だからさ……蟻の恩返しなんてないの!ごめんね!だから手伝えないや」 「ごめん俺も蟻だから耳聞こえねぇわ」  俺は黙って教室を出る。 「あ……待ってよ!もう分かったよ!」  二人で構成された行列は夕日に染まりながら進んでいく。そして何処からかひぐらしの声が聞こえる帰り道で俺は口を開く。 「なぁお前が本当に蟻ならおかしな点があるぞ。なんですぐに恩返しを済ませて帰らなかったんだ?夏休みの宿題もしなくて済むし。」  単純な疑問だったが、凛は返答に困っている様子であった。そしてその理由を話したのは、何度かセミの声を聞いた後だった。 「それはね、恩返しが終わったら蟻の姿に戻らなきゃいけないからなんだよ」  そして抱えた教科書をよいしょと持ち直すと、凛はさっきよりも元気よく話を続けた。 「だからね、どうせなら思い出を作って帰りたいなぁって思って!ほら蟻は巣に何かを持って帰りたいもんだからさ!」 「そっか」  まぁ凛にしては上手く返したと思う。  俺は凛が蟻であることについてはもちろん信じていなかった。きっと凛は都会暮らしの不安で気分が上がらない俺に気づき、元気づけるために冗談を言ったんだと。嘘のつき方は下手だけど、それも彼女なりの優しさの表れだと受け取った。  そう考えていると、なんだか嬉しく照れくさい気持ちが湧き上がってくる。 「ありがとう凛、短い間だったけど楽しかったよ」 「うん、私も楽しかった」 「あっこれは蟻に戻っちゃうのに対して言ってるんじゃないからな。俺が引っ越すから言うだけであって……たまには遊びに帰ってくるから」 「うん、待ってる」  凛は少し沈黙した後にそう呟いた。  近所のおじさんの家の前で列の行進は止まる。 「よし、ここまでだ。ありがとうな凛」 俺はポンッと凛の頭に手を置いて撫でた。 「あれ、ここ陽太の家じゃないよね?」 「あぁ、もう引っ越しは済んでるんだ。ただ俺がわがままを言って2週間泊めてもらってるんだ」 「じゃあさ……もう少しここに居れないの?」 「あっちの学校もあるからさ。2週間が限界なんだ。これでも粘った方なんだぞ?」 「そう……」  そして彼女の嘘がバレた。 「ほらな運び終わっても蟻の姿に戻らないじゃないか」  彼女は少しだけ微笑んでネタバラシをした。 「実は私の恩返しをしに来た蟻ってのは嘘なんだよね」 「うん知ってた」 「引っ越しも嘘だったりする?」 「いや。嘘じゃないよ」 「……だよね」  彼女はそのまま「また明日ね」と言って俺に背を向けて歩く。そして彼女の歩く音が虫の声より小さくなった頃、セミ達の野次に負けた俺は嘘を告白する。 「おーい!凛!」 「ん?」 彼女はツインテールを一瞬置き去りにしてこちらを振り向いた。 「皆にお似合いのカップルって言われて、俺は猛反対してたけどさ!あれ嘘!」 彼女は少し驚いた顔を見せた後、笑ってこう言った。 「ごめん私蟻だから耳聞こえないの!」  この時二人の顔は赤く染まっていた。だがこれは夕日によるものである、そうセミ達が言った。
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