神より賜りし力

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神より賜りし力

 江戸時代に飛ばされた折に"人ならざるもの"から助けた町娘――おりんの家で眠りについたはずの雪治(ゆきじ)は、翌朝目を覚ますと自分の寝間にいた。  それから暫く、神から授かったふたつの力を使いこなせるよう瞑想を繰り返すと、暖かい力はどうやら過去へ渡る力のようだった。だが、どれだけ使いこなせるようになっても江戸にまで飛ぶことはできず、雪治は毎日試してはどれだけ過去へ戻ったかを記録することにした。  すると、渡れる時間の長さが月の満ち欠けに関わっていることに気が付いた。満月へ向かって渡る時間が減り、新月に向かって渡る時間が増えている。それに、新月と満月は昔からそういった話に事欠かない。そういえば先日飛ばされた折も新月だった、と思い出す。時代のせいかと思っていたが、月明かりさえなかった故の暗さだったのだ、と雪治はあれから半月ほどしてから納得した。  次の新月には何か灯りでも持っていきたいところだが、どう考えても現代の灯りはあの時代では不審である。手持ちの提灯でも買おうかと考えたが、もうひとつの力の効果を考えるとそれも難しく思えた。  もうひとつの力――澄んだ力は、"人ならざるもの"に対する攻守の力のようだった。先日時を渡った際にも"人ならざるもの"と相対した折には木刀に力を纏わせ"それ"を消し去った。雪治が現代で試したところ、人や物には作用せず、"人ならざるもの"にのみ作用することを知った。  つまり、神の意図は「時を渡り"人ならざるもの"を消し去れ」ということなのではないか、と彼は推察した。そうなると提灯を持ったところで戦いの最中は邪魔になるだけ。それどころか、下手したら辺りを火の海にする可能性すらある。持っていこうとは思えなかった。  元々現代人にしては夜目が利くし、澄んだ力は纏わせるとちょっとした灯りにもなる。前回も灯りのない状態で何とかできたのだから大きな問題はないだろう。そう考えた雪治は、灯りのことは忘れることにして日々鍛錬を積むことに全力を注いだ。  普段、雪治は剣術を教える立場だ。しかし、前回の経験から自分の未熟さを感じた彼は、可能な限り殺気を持って手合わせして欲しい、と様々な剣術の師範代に声をかけて手合わせを重ねた。今度は戦いの後に恐怖に襲われないように。前回の恐怖の記憶に引っ張られて戦えなくならないように。  今日は新月だ。憶測通りなら再び時代を大きくまたいで時を渡ることができるのは新月のみ。今日しかない。これから命をかけた戦いが待っていると思うと微かに手が震える。それを武者震いだと自分に言い聞かせ、雪治は目を閉じ深呼吸をして心を落ち着かせた。  「よし、行こう」  日の落ちる頃、着物姿で帯に木刀を差した雪治は時渡りの力を使い、暖かな力に包まれた彼はその場から姿を消した。
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