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「それで場所を特定して、ここまで駆けつけたわけなんだけど……このプレハブ冷凍庫、外鍵ないと開かないタイプで困っちゃってさ。念のためキドセンに連絡したはいいけど、助けを待ったところでこの箱はそう簡単には開かないわけっしょ? そうこうしてるうちに相方が凍っちゃっても困ると思って天井部分の換気口から侵入したはいいけど、降りるときに踏み台代わりに使った棚が腐り落ちちゃって、こっち側からは出られなくなっちゃったんだよね」
「……」
「その辺にある木箱なんかじゃ人間の体重に耐えられないだろうし……。これはもうキドセン頼みで助けが来るまで大人しく待つしかないかなと思って、暇つぶしに君の寝顔、携帯で撮ってたってわけ」
「……」
「……なにか?」
最後の一文………!
「なにこの非常時に人の寝顔撮ってんのよ」
「いやさ……前から思ってたんだけど、雪原って、黙ってれば案外俺好みの顔だなと思って」
「全然嬉しくないしなにどさくさにまぎれてわけの分かんないことカミングアウトしてんの」
「情報共有大事だろ?(キリッ」
「そんな情報いらないしキリッじゃないわよ。せっかく見直したところだったのにアンタってホントに……って、まあいいわ」
苦情半分照れ隠し半分。途中で言葉を噤む。
いきなり変なこと言い出すので動揺が止まらないし、二人の距離がいつも以上に近いため、余計に気恥ずかしいというか。
早くこの話題から逃れたくて話をぶった斬るように言葉を濁すと、火室はくつくつと愉快そうに笑ってた。
この人、絶対私の反応見て楽しんでる。
「……」
だから私も、膝の上に顎を乗せてジト目をしたまま、なにか嫌味の一つでもいってやろうかと思ったんだけれど……。
「……ほんと……」
「……?」
「ほんとアンタって……物好きよね」
嫌味の代わりに、小さな声でつぶやく。
「……ん?」
単に気になったっていうか。
「皇には優秀な人が多いんだから、バディを組むならもっといい人がたくさんいたでしょうに」
「……」
よく見れば、火室は寒さを痩せ我慢するようわずかに小刻みに震えていて。
「言うこときかないし、可愛げもないし、編入してきたばっかりの新人だっていうのに」
「……」
下手すれば自分だって死ぬ可能性だってあったのに、なぜそこまでして助けに来てくれたんだろうって。
「どうして私なの?」
急に本気で気になりだしてしまって、ストレートに訊ねてしまった。
「……」
すると火室は、ややしばらくの沈黙を作ってから……まじまじと私を見た。
きれいな形をした、色素の薄い美しい瞳。
またはぐらかされるかなーと思ったけど、今回は違った。
「俺さ」
「……うん」
「今から十年以上前に、弟亡くしてんだよね」
「え? 弟さんを……?」
「ああ」
――微かに苦笑を滲ませながら、そうつぶやく火室。
それまでのふざけた空気は一切ない。
カミングアウトのついでに、さらなるカミングアウトをするつもりなのか、火室は真剣な眼差しを冷凍庫内の遠い場所に向けて、その先を続けた。
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