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「まあ、色々あってさ。弟を亡くしたことも辛かったけど、それと同じくらいにショックだったのは、親父が『仕事が忙しい』とかいって弟の葬式に出なかったことなんだよね」
「……」
「あまりの薄情さにむかついてさ。すっげえ暑い夏の日だったかな。なけなしの小遣い持って家出したんだ。……まあ、家出つっても、電車で二時間ぐらいの距離にある母方のじーちゃんちにしばらく居座っただけなんだけど」
「じーちゃん?」
「ああ。俺、超じいちゃん子だから。親族の中で唯一、尊敬してる人っつっても過言じゃないかな。自由で、心が広くて、でも時には厳しくて……」
「へえ……」
「名前、皇 玲って言うんだけど」
「……すめらぎ……、え⁉︎」
思わず変な声が出てしまった。想定通りと思しき私の反応に、満足そうにくつくつ笑う火室。
「皇玲って……生徒手帳にも載ってる、皇学園の創始者⁉︎」
「ビンゴ」
「な……」
――驚いた。つまり火室は、火室財閥の御曹司でありながら、皇学園創始者のお孫さんでもあったのだ。
「そう……だったんだ……。だから『隠れ風紀委員』なんて、あなたには不似合いそうな役割も率先してやってたってわけ?」
「まあね。じいちゃんがいた頃の皇は、わけのわかんねえ高額寄付金なんて制度もなかったし、今なんかよりもずっといい学校だった。でも、経営者が代替わりして、経営や教育方針が一新されたり、金に塗れた『風紀委員』なんかが誕生したりして、どんどんおかしな方向に進んでって……」
「……」
「それで、初等部の終わりだったか中等部上がりたての頃だったかよく覚えてねーけど、その頃に着任してきた曰く付きのキドセンと、あれこれ話してるうちに意気投合して、隠れ風紀みたいな活動を正式に始めたんだよ」
「曰く付きなのか……木戸先生」
「あの人も色々ワケアリの人だからね。皇を浄化したい気持ちは俺と同じかそれ以上だと思う」
「そうなの?」
私が尋ねれば、火室が「まあね」と神妙な面持ちで頷く。
木戸先生の『ワケアリ』とはなんなのか……かなり気にはなったけれど、そこは一旦おいておくことにして。
それで火室や木戸先生が、結託して秘密めいた活動をしていたのかと、ようやく納得がいった。
「……」
……ん?
(あれ……?)
――ただ、ここで。
もう一つ、気づいたことがあった。
「……」
「……気づいた?」
火室も、そんな私を見つめて、謎が解けるのを静かに待っている。
「うん……」
「話を……戻そうか」
――その昔、私が幼少の頃。
金持ちの学校として知られる皇学園で、前代未聞の誘拐拉致事件が発生し、社会を騒がせたことがあった。
「昔にさ、皇学園で誘拐拉致事件が発生したの、雪原なら知ってるよな?」
「……」
こくん、と頷く。
「犯人は裏口入学を拒否した皇学園創始者の皇理事長に対し、逆恨みを抱いて本人である皇理事長と、その時、たまたまそばにいた〝孫〟を人質にとった」
「……」
新聞記事でもニュースでも連日報道されたその概要。
今でも深く記憶している。
当時皇学園とは無関係だった私が、なぜそんなにその事件に固執しているのかといえば、それは――。
「あの時……じいちゃんと一緒に犯人に拉致られたの、家出中の俺だったんだよね」
――ああ、やっぱり。
「それで、その時に非番中だったにも関わらず事件解決に身を乗り出して、運悪く犯人に刺されて殉職したのが――」
蘇る、あの夏の日の苦い思い出。
賑わう縁日。
心躍る夏祭り。
それを打ち砕くように鳴り響いた父の携帯電話。
『悪い、椿。仕事に行かなきゃいけなくなった』
『明日、またこよう。金魚はその時に』
『約束、な』
「元・警視庁刑事部捜査第一課所属、雪原大作刑事」
「……」
「雪原の親父さんだ」
――繋がる答えと、繋がって見えた景色。
火室は立てた膝の上に顎を乗せて、静かに目を瞑る。
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