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「俺と俺のじいちゃんは雪原の親父に命を救われた。あの日以来……死んだ雪原刑事に、感謝を欠かしたことはない」
「……」
「当時まだ幼稚園児ぐらいだった雪原は知らないかもしれないけど……事件の後、せめてもの謝意として君や君の弟を無条件で皇に招き入れる申し入れもしたそうなんだけど、それは現在の養育者である雪原のじいちゃんに断られたらしい」
「……」
「『刑事を目指す者として、せめて義務教育期間中は一般市民としての感覚を養わせたいから』って……。まあ……確かに皇じゃ金銭感覚ぶっ飛んでるから……そう言われるのも無理ない……わな」
「そっか……だからうちのおじいちゃん、高校選びの時に『刑事になるには様々な人間性を学ぶことが大事だから、興味があれば皇へ行け』って……」
ようやく腑に落ちて、そういうことだったのか……と、感慨に耽る。
「これでわかっただろ? 俺にとって……アンタは恩人の娘で……」
「……」
「高校から編入してくるって聞いて……、それで……、そばにいれば……なにか、してやれるかもって……思っ、て……キドセンに……」
「……って、ちょ、火室……?」
そこまで喋って、急に力なく項垂れ、私の肩にもたれかかってくる火室。
ギョッとして見やれば、だいぶ顔色が悪い。
唇も血色を失ってることから、寒さの限界がピークに達したんだろうと直感した。
「ちょ、ちょっと火室? 大丈夫?」
「……」
慌てて頬を軽くペチペチと叩いてみたけれど、反応はない。
考えてみれば火室は凍死寸前の私を温めるため、しばらくの間、自分の上着を脱いでいた。
今は二人でその制服にくるまってはいるが……寒くないはずはないし、冷えた体が限界にきているに違いない。
(ど、どうしよう……)
必死に揺さぶってみたり名前を呼んでみたりしたけれど、無反応な火室は私の肩にもたれかかり、安らかに眠るよう目を閉じている。
「ちょっと、ねえ」
「……」
「起きてよ、火室」
「……」
揺さぶってもダメなら、せめてもの悪あがきで、力なく垂れている火室の手をぎゅっと握る。
「火室……」
「……」
思っていた以上に大きくて、硬くて、冷え切ってる手。
「返事してよ火室。じいちゃんの学校……浄化させるんでしょ」
「……」
「私がとことん付き合ってあげるから」
「……」
「これからはちゃんと、アンタの言うことも聞くから」
「……」
「だから……」
「……」
「死なないで……お願い」
両手で火室の手を握りしめて、縋るように祈ると……わずかにピクリと動く火室の手。
「……っ、ひむ……」
死んでいなかったことにホッとしたのも束の間、
「その言葉……」
「え、ちょっ、」
最後の力を振り絞るよう、伸ばされた腕が私の上半身を浚う。
「忘れんなよ……」
「なっ、ちょ、ちょ、ちょっと火室⁉︎ なにして……」
まるで私で暖を取るかのようにぎゅうと抱きしめられ、目を白黒させる。
「死ぬなつったのそっちだろ……暖とってんだよ暖……もっとくっつけよ」
「いや、それはそうだけど、だからってあのねぇ⁉︎」
「じきにキドセンくるだろうし……もう少しだけ……このままで……」
死にかけてるかと思えばこの男、まだだいぶの余力を残していたようで、どう足掻いても抜け出せない。
おまけに、勝手に抱きついたまま心地良さそうな顔で半分寝てるし。
「あー……あったけぇ……最初からこうすりゃよかった……」
「……(ああ、もう、なんなのよ……!)」
非常事態だっていうのに、そんな幸せそうな顔で呟かないでほしい。
まあ、必要以上に密着している上、無駄に心拍数が上昇してるため温かいことは確かで、そのままヤツの懐に埋もれて変に意識させられること数分……――。
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